世界のためにきみを失いたくはない コデマリを重ねて ――屋外で読書に耽るのも、そろそろ限界だな。 風が吹くたびにそう思った。無風の時であれば、まだましなのだが。 風邪をひくのは疎ましいので、寮に戻ろうと読んでいた本を閉じる。 少しの時間目を瞑り、疲労した目を休息させた後目を開いた。 だが、目を瞑る前とは、少し状況が変わっている。 目の前に黒い犬が現れたのだ。僅かに心臓が飛び跳ねた。 エリオットは、この犬はなんなのだろうかと怪しみ始める。ペットで犬を飼うことは禁止されている。 首輪もつけていないのだが、野良犬とも思い難かった。 なぜならとても毛並みが良い上に、とても利口そうで気品のある顔つきをしている。 それに全体的に清潔で、体もほど良いバランスで肉と筋肉が付いていた。 その犬はじっとエリオットのことを見続けており、まるで褒めて、とでも言うような瞳をしている。 目色は灰色で、その犬を見ているとある人物が思い出された。 そんなことはあるはずがなく、ただ似ているだけなのだが、その人物も普段から犬っぽいため余計似ているように感じられる。 「……ブラック?」 それを聞くと、一瞬驚いたように目を少し見開いたが、すぐにまるで怒るかのように低く鳴いた。 合っているのか合っていないのか、よく分からない反応だ。 だが、合っているなんてことはありえないのだ。人が動物になるなんてことは……、 「…おっと、ありえなくなかった」 エリオットの言葉に、犬が首を傾げたように見えた。 人間が動物になる方法はあることはある。エリオットのペットがそうであるように、アニメーガスになればいいのだ。 だがそれには登録する必要がある。勿論ブラットリーは未登録なのだが。 それに、アニメーガスになるためには長い月日を要する。 はっきり言って、不可能に近い。 そんなシリウスがアニメーガスだというありえない仮定を立てていると、また犬が唸るように鳴いた。 どうも先程からその犬は不機嫌らしい。 「なにに怒ってるんだよ」 苦笑混じりにそう言うも、返ってくるのは鳴き声だけ。 なんて不毛な会話なんだろうと、自分自身に苦笑する。 その犬を宥めようと頭に手を伸ばすと、自分を呼ぶ声が聞こえた。 声のした方角を見ると、セブルスとレギュラスがいた。 二人は確か、図書室に行くと言っていたはずだ。多分、その帰りなのだろう。 「やぁ、セブルスにレギュラス」 「なんだ、その犬は」 「さぁ?」 「先輩のペット……ではないですよね。野良犬、でしょうか?」 レギュラスは先程までエリオットが考えていたことを言った。 だが自分でもそれは違うと思ったのか、腑に落ちない表情をしている。 野良犬ではなさそうな外見の上に、ホグワーツには魔力を持たないものは入ることができない。 犬が入れるかどうかは分からないが、普通に考えればありえない話だ。 二人はその犬を観察するかのように同じ目線になるようしゃがむと、体を触り始める。 二人の突拍子もない行動に驚いたのか、犬は触られるのを酷く拒んだ。 だがそれを気にすることもなく、二人は触りながら何やらぶつぶつ言っている。 「……ふむ、中々に利口そうだな。筋肉もしなやかだ」 「毛並みも綺麗で艶やかですね。…尻尾触ってもいい?」 なんだかんだ言って楽しんでいる二人に気迫負けしたのか、最終的には抵抗もしなくなりされるがままになっている。 それでも助けて、と言うようにエリオットに目を向けてくる。 そんな、ちょっとへたれてる所も彼に似ている。 「……この犬、誰かに似てないか?」 「確かに、誰かに似てますね」 二人も気づいたようだが、それが誰なのかはまだ気づいていないようだ。 確かにこの犬はシリウスに似ているが、だからといってレギュラスには似ていない。 雰囲気が違う上、レギュラスは犬という柄ではないからだ。 レギュラスが思いつけばシリウスに行き着くのは容易なのだが、二人は思いつきそうもない。 エリオットは暫く閉じていた口を、小さく開いた。 「ブラックに似てる」 「え、僕ですか?」 「違う違う。あー……、…シリウスの方」 そう言うと、嬉しそうにその犬が一声鳴いた。 尻尾を見ると、千切れんばかりに左右に振っている。 先程は不機嫌になったかと思えば、今度はご機嫌なようだ。何が違うというのか。 「あんな奴のどこに似ているんだ」 「髪と目の色くらいしか……」 即座に二人は否定する。 きっと、無意識の内にシリウスと似ていると感じたのだろう。 その二人の言葉にシリウス(仮)は憤慨するかのように、二、三回吠えたが二人は気にせずにシリウス(仮)との戯れを再開した。 その二人はどことなくいつもよりご機嫌だった。 犬一匹でここまで楽しめることを、羨ましく思ったり思わなかったり。 「…あ、先輩。もうそろそろ、昼食の時間ですよ」 「ああ、もうそんな時間か。…エリオットは?」 「んー……、俺はパス」 そう言うとセブルスは、そうかとだけ言い、犬に別れを告げてその場を去って行った。 レギュラスも同様に、犬に声をかけた後セブルスの後ろをついて行った。 二人が去っても尚、その場に留まる犬の方を見ると、嬉しそうに尾を振る。 なぜ懐かれたのかは分からないが、なぜか褒めてほしそうにしてる犬の頭を撫でてやる。 すると犬は満足したのか、エリオットの手を舐めた後、禁じられた森の方へと姿を消した。 いまいち状況が把握できないエリオットだが、風が吹くと顔を顰め、本を手にとってから立ち上がると屋内へと向かった。 その後、夕食の後にシリウス(仮)の人型と思しき人物に遭遇したが、セブルスとレギュラスは気づかないようで、セブルスに至っては小さく悪態を吐いていた。 レギュラスもできるだけ顔を合わさないようにしていた。 エリオットはと言うと、昼間のせいで犬耳と尻尾が付いているように見え、しきりに目を擦っていた。 ――うん、やっぱり似てる。 ―コデマリを重ねて― (Wanted you to call by my name.(名前で呼んでほしかったんだ)) |