世界のためにきみを失いたくはない ハルシャギクこそ世界の中心 「つい最近見つけた隠し部屋だ」 そう言って案内されたのは、先程の廊下から程近い場所にある空き教室の、更に奥。 その空き教室は長い間使われていなかったようで、埃に塗れ物が散乱していた。 しかも入り口の扉にはご丁寧に鍵がかかっていたのだが、アロホモーラを無効化する呪文がかけられていなかったため簡単に開いた。 そんな滅多に人が寄り付きもしないような部屋。 その部屋の壁に付いている一本の蝋燭に火を灯す。 そしてその蝋燭を二回右に回し一回左に回すと、蝋燭が付いている壁の反対側にある壁の一部が、跡形も無く消えた。 そんなことに一々驚いていると、魔法使いなんてやってられないので、さっさとシリウスの後をついていく。 外から見ると中は真っ暗で何も見えなかったが、中に入ると普通に明るい広めの部屋だった。 エリオットが何気なく背後を振り返ると、消滅したはずの壁が修復されている。 それにも別段驚く様子のないエリオットは、シリウスに早々と質問した。 「それで?隠し部屋にまで来て、話さないといけない相談ってなんだ?」 「……退かないか?」 「内容によるね」 「じゃあ、言う。絶っっ対に、退くなよ」 「はいはい。俺はそんなに感情の起伏が激しい人間ではないから、多分大丈夫」 「多分ってなんだよ……」 エリオットの様子に少したじろいだシリウスだが、ここまで来てしまっては後に退けないので迷いつつも口を開く。 大層言いにくいことなのだろう。何回も言いかけては口を閉じている。 何度か口を開閉させた後、ようやく言葉が出てきた。 「…あ……のさ、…俺は……今、……」 「………」 「お、男が好きなんだ……って、言ったらどうするっ!!?」 「…………ん?」 「ん?ってなんだよ!」 「あはは」 なんだ、そんなことか。と思っている自分がいた。 先程のシリウスの切羽詰った様子からは、想像できないような内容の話だった。 いやまぁ、シリウスにしてみれば色々と切羽詰っているのかもしれないが、エリオットの周りで似たようなことがよく起こっていた。 つまりは、エリオットの知り合いは同性愛者が多いということだ。 別にエリオットの知人というか、親戚の知人なのだが。 「つまりは、ホモセクsy「だあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「なんだよ。合ってるだろ?」 「…合ってない、ことはない……。でも、女に興味がないわけでもないかもしれない」 「曖昧すぎて分からないです」 「だから!これが初恋なんだっっ!!」 シリウスの声が部屋を満たす。 一息置いてから、シリウスがしまったとでも言うように、今更ながら口元を手で押さえた。 エリオットは、そんなシリウスを無表情で見続ける。 「いつからか知らないけど、律儀なことだな」 「え?それだけ?」 「それだけって……?」 「いや、まだ初恋なのかよー!とかは?」 「言ってほしかった?」 「いや、そういうわけじゃなくてさ……」 エリオットは至って真面目な顔で、シリウスを凝視する。 シリウスは段々と、一人でこんなに慌てている自分が馬鹿らしくなってきた。 「ちなみに、俺は初恋もまだだ」 「へー……って、えぇ!?」 シリウスはエリオットの言葉に、驚きの声を上げた。 嘘吐け、とか、本当はいるんだろ?等々、エリオットに質問を投げかける。 嘘は吐いていないし本当にいないものはいない。 そう答えると、シリウスは拍子抜けしたような顔つきになった。 「でも、モテるだろ?」 「告白されたことなら何回かあるけど、それを言ったら君もだろう?あ、そうだ。俺としたことが忘れていた」 「何を?」 「君の好きな人は誰なのか、」 段々とエリオットの話になっていたのを、強制的にシリウスに戻す。 するとシリウスは、途端に口を噤んでしまう。 自分から言ったことなので、言う覚悟はできているだろうが。 「……さっき、見てたよな?」 「何を?」 「俺が、ジェームズに頭撫でられたとこ」 「あぁ……」 シリウスの問いをすぐさま肯定した。 そしてなぜ撫でられたのか聞いてみる。理由はというと、 この隠し部屋を見つけたからそこに一度逃げよう、とシリウスが言ったところ、ジェームズがよくやった、とかなんとか言って撫でたらしい。 そして、子ども扱いか犬扱いか知らないがされて、シリウスは少し憤慨した。 ということらしかった。 その話を聞いて、エリオットはなんとなく分かってしまったような気がする。 「…もしかしてさ、ブラックの好きな奴って……」 「……ジェームズだ」 エリオットの反応を気にしながら、しかしはっきりとそう言う。 つまり、憤慨した理由は照れ隠しというわけであって。 今度ばかりは、エリオットも少し驚かなければならなかった。 確かに友達以上の関係には見えるが、シリウスがジェームズのことをそういう目で見ていることは分からなかったからだ。 長い間想い続けているのではないだろうか。 「一目惚れ……?」 「……ああ」 「何も言わないのか?」 「……言わない」 シリウスは、落ち込んでいるような悲しんでいるような表情でそう言う。 いつもの聞き惚れるテノールの声音も、少し落ち込んでいるようだった。 言いたいけど、言えない。 それが、言葉にしなくともひしひしと伝わってくる。 「…恋愛って、もっと自由なものだと思ってたけど、」 誰に言うでもなく、独り言のようにそう漏らす。 シリウスは何も言わない。 ただ、エリオットを羨ましそうに見るだけだった。 俺の周りが、自由過ぎるだけだったんだ。 ―ハルシャギクこそ世界の中心― (Nowadays,at the time of despaired to love.(恋に絶望した今日この頃)) |