天神
覚醒
「魔王を覚醒させる、だと」
マーダの問いにも厳しい表情を崩さないソグレス。
「魔王は覚醒するまでの少しの間、無防備となる。 全ての手立てが絶たれた今、そこを狙うしか無い」
「……それを言われると、確かにな」
満場一致で魔王の覚醒の隙を突くという作戦は、決行されるかに見えた。だが、レイチェルが同意しない。
「どうした?レイチェル」
「覚醒させるという事は天神様を使うという事ですよね。 ……完全な覚醒前とはいえ、封印すると天神様はどうなるのですか。 取り戻せるのですか」
「それは……」
レイチェルは睨み付けるまでも行かないが、普段の大人しい表情が嘘の様な厳しい顔をし、ソグレスに言葉で攻め入る。
「この世界の平和は勿論大切ですが、何かを犠牲にするのはおかしいです。 私は天神様を取り戻すためにここまで来たのですよ。 それを諦めろなんて。 私達の村の守り神でもある天神様のいない世界等、私達にとっては滅んだも同じです」
レイチェルの悲痛な叫びに静まり返る空間。傭兵時代に沢山の仲間を目の前で失い犠牲にしているソグレスにとっては、喉がむせる程蜂蜜に砂糖を練り込んだ甘ったるい考えにしか聞こえなかった。だが、その気持ちも心の底では分からなく無かった。若い頃の自分もそう考えていたからだ。ただ、今は一刻を争う時。躊躇等していられない。幸い、魔王は余裕のせいか、こちらの話し合いに興味があるのか、攻撃はしかけてこないでいた。只の気紛れでしかないが。
「レイチェル、分かってくれ」
甘えの言葉を押し込む様に歯を噛み締めながらソグレスは切願する。
「絶対に嫌です」
「頼む。 レイチェル」
「どんなに頼まれても駄目です。 無理です」
「そうか」
納得した様な表情のソグレスだが、ある別の決意を抱いていた。レイチェルを黙らせ、強行手段に出るしかない。魔王もそわそわし始め、そろそろこちらのやり取りに飽きている。
ソグレスはレイチェルに気が付かれない様、首に手刀を落とす準備をした。そして、ソグレスの手刀が振り下ろされようとしたその時、
「待て、ソグレス」
間一髪でマーダはソグレスの腕を取った。
「ソ、ソグレスさん、あなた今、私に何をしようとしたのですか。 強行手段ですか。 私を気絶させて天神様を奪う気だったのですか。 人でなし!」
「………」
ソグレスはマーダに腕を掴まれながら、レイチェルの言葉を肯定するかの様に黙り込んだ。
「レイチェル、違うんだ。 ソグレスは」
「何が違うのですか。 口を返さず閉ざしたのが何よりの証拠」
マーダ達の手刀まで飛び出した言い争いを見て魔王はまた、ニヤニヤして見つめ出した。
「仲間割れか。 これはまた、一興」
「ソグレスは今まで沢山の仲間を失って来ているんだ。 でも、それは犠牲何かじゃない」
「犠牲では無い?」
レイチェルはどう解釈して良いのか分からない表情をする。
「そうだ。 ソグレスの中では彼等はまだ生きている。 思い出となって」
「思い出……」
「そうだ。 今、ここで天神を使って覚醒前の魔王を封印すれば、確かに天神は戻ってこなくなる。 だが、天神の世界を救った多大な役割は歴史としていつまでも忘れ去られる事なく崇められるんだ」
「………」
「使いたくなかったら使わなくても良い。 何とか俺達で魔王を封印しよう。 俺達が死んだ場合は天神を手にした魔王が覚醒して世界は終わるがな」
「マーダ様……」
「何だ?レイチェル」
レイチェルはどこか、もぞもぞと居心地悪そうに身体を動かす。そして、意を決して告げた。
「魔王を封印しましょう。 天神様を使って下さい」
マーダとソグレスは互いに顔を合わせニット歯を見せて笑った。
「よし、待たせたな魔王。 いくぞ」
「はい、マーダ様」
「よし、マーダ構えろ」
「何だ。 言い争いは終わりかつまらん」
マーダが柄の無い剣を両手で握った。
「魔王、これが最後の一撃だ!」
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