ぷれ☆★いす
其の三
大介は立ったままでスニーカーを素早く履き、玄関のドアを力強く押し開いた。
「ぎぃ…」
ドアの軋む音が聞こえたが、そんなの関係無い。
家を飛び出して、愛用の自転車へと乗り込む。さっきの横転で凹んだカゴが痛々しい。でも、そんなの関係無い。
自転車に跨がり乗り、道路へと大介は出た。
謎の老人がちらりと奥に見えた。
もう、あんな所に。急いで走っても一分以上は掛かる距離。やはり、あの老人、ただものではない。そう言っている間にも見る見る距離は離されていく。
「くそ、待て」
大介も身体の痛みに耐えつつ出来る限りの力で自転車を漕いだ。
じょじょに距離は詰め寄られて行く。あの老人がどんなに早かろうが自転車に勝つ事なんて出来る訳が無い。
「爺さん、ちょっと待てって言ってるだろ」
大介は光雄に聞こえる様な大声を出して、呼び掛けた。
もう声を張り上げれば、聞こえる様な距離にいるのだ。
やはり、声が聞こえたのか、光雄は走りながら後ろを向いた。
「ありゃ、付いて来ておるのか」
手を伸ばして、掴まえられる距離まで大介は詰め寄った。
「よし、爺さん、掴まえたぞ」
大介の右腕が光雄の風になびく白いローブの首根っこを掴んだ。
「ふん! 光を束ねる者を舐めるな」
……光を束ねる者?
意味深な言葉を聞いて大介は掴まえていた手を一瞬緩めてしまった。
そして、光雄はそこを見逃さなかった。
光雄は全身を眩い光で包んだかと思うと、忽然と姿を消した。
……馬鹿な!?
大介は急ブレーキを掛けて自転車を止め、呆然とした。
いったい何なんだ。どこか納得の行かないまま、大介は家へと戻って行った。
自転車に鍵を掛けて、家へと戻る大介。無駄骨だった。体中が痛い。
リビングへ入るや否や、大介はアイボリー色の二人がけソファへ体をばふらと預けた。
「どうせ、掴まえられなかったんでしょ」
キッチンで夕ご飯の用意をしていた良子が顔を出す。
スパイシーで食欲をそそらせる様な良い匂いが鼻をくすぐった。
「今日はカレーよ」
おたまを振り回して、良子は告げる。
「そう、所でさ。 母さんも何か知ってるんだろ。 ちゃんと説明してよ」
ソファに顔を突っ伏したまま、大介は口ごもらせてもごもごと喋る。
「そうね。 ちゃんと大ちゃんがあんな態度を反省したら教えてあげても構わないわよ」
「あ〜しますします。 反省します」
気怠そうに大介は約束した。
「よし。 それじゃ、どこから話せばいいかしらね」
おたまを振り回すのを止めた良子はう〜んと考え込んだ。
大介も横にしていた体を起こして、聞く体勢をとった。
その時、スパイシーな匂いとは違う焦げ臭い匂いが大介の鼻を突いた。
「何か、焦げ臭いけど」
良子も鼻をクンクンとして匂いを嗅んだ。
「あぁ! カレー焦げてる」
慌ててキッチンへと戻って行く良子。
「話しはカレーが出来てからでいいや」
本当にこの人が何か重大な事を知っているんだろうか。
大介は良子のドタバタと慌てふためく頼り気がない姿を見て、不安な気持ちでいっぱいになっていた。
数10分してカレーが出来上がり、良子は若草色のエプロンに縫い付けたタオルで手を拭いて、リビングへとやって来た。
「何そのタオル。 エプロンしてるんだもん、エプロンで拭けばいいのに」
良子の不可思議な格好に大介は小馬鹿にする様に突っ込んだ。
そんな大介を見ても良子は怒ろうとはしない。
「だって、これ大ちゃんが母の日に買ってくれたプレゼントでしょ。 使わないのも悪いし、でも出来るだけ綺麗に使いたいから。 でも、変よね」
苦笑いを浮かべて、頬を人差し指でポリポリと掻く。
「別に」
良子のそんな子供を思う仕草を見て、むず痒くなった大介は良子から目を逸らしたのだった。
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