[通常モード] [URL送信]
拾弐



side.梵天丸






暖かい何かがオレに降りかかる。

それが血だということに気付くのに暫くかかった。
少しだけ楽になった体を起こし、顔を上げる。



「小十郎……?」



オレなんかを庇う奴は、生憎小十郎しか知らねぇ。
だが、小十郎はオレから少し離れた場所で呆然とある一点だけを見ている。


それを追いかければ、視線の先にはあの真っ白いモノ。
下半身しか見えなかったそれは、人の形を模した蝋燭のようだ。
ゆっくりと目線を下げれば、その足元に転がる華やかな着物。

息が、止まった。



「は、はうえ……?」



それは、母上が好きだという赤い蓮の花が刺繍された着物。
赤い色が好きだと笑って、青が好きな父上と言い合っていた母上の姿が浮かび上がって、消える。

何故、どうして……。
だって、母上はオレを拒絶していて……。



「ぼ、ん……」

「ッ――!?」



蓮の花が揺れ、長い黒髪が流れ出る。
髪の隙間から覗く顔は、久しく見ていなかった顔と重なる。
嬉しそうに、寂しそうに揺れるその目に、右目の奥で何かが散った気がした。



「ぁああぁぁあああぁああぁぁああ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!」



自然と上がった声に釣られるように、全身から何かが湧き上がる。

オレはそれに導かれるように白いモノに突き進む。
再び振り下ろされた刃が蓮の花に届く前にそれに噛みつく。



「ぅううぅ゙ぅ゙ッ」



自分の声が喉を震わせ刃に響く。
ぎりぎりと力が入ってくる刃に、勢いよく顔を下に流す。
白が与えていた力とオレの力が加わり、案外簡単に奪えた刀を右手に落とす。


刀を握り直し、瞬時に横へ一閃する。
然し、それは白の体に触れた瞬間に砕け散り、次いで爆発した己の体から溢れ出た蒼は白の表面を駆け抜けていった。



「梵天丸!こいつを使え!!」



刀身がなくなり柄だけとなった刀を捨て、風を切り裂く刀を掴みとる。
オレへと鋒を向けるそれを、上半身を傾け柄を掴む。
必然的に白に向く鋒を、ずらすことなく向けたまま刃を突き刺す。瞬間、刀身から溢れ出す緋色。

それはオレの体から溢れる蒼と混ざり合い、白の体を包み込む。

火花を上げながら次第に膨張する緋色が弾けた瞬間、白い何かは次第に細くなっていき、やがて人間の骨と同じ形となり地面へ崩れ落ちた。



「……ふふ」



それをじっと見つめていれば、当然聞こえた不釣り合いな笑い声に頭の中がはっきりとし、慌てて振り返る。



「っ母上!」

「ごめんなさい宗像くん……約束、破っちゃった、わね……」

「母上?」



慌てて刀を脇に置いき母上へ駆け寄る。

そこには確かに母上が居て、赤い花はどす黒く変色していた。
それに息を飲んでいれば、右目に触れる冷たい感触に肩が震えた。



「義姫様……」

「ふふ、なぁに小十郎くん……?文句があるのなら、あの人に言ってちょうだい……口止めしなかった宗像くんに、ね……」



オレの目を撫でる母の手は酷く優しくて、そっとその手に触れれば嬉しそうに微笑むからオレはどうしようもなく、泣きたくなった。

母上に言われた言葉はオレの胸にいつまでも刺さって抜けなかったのに、こんな小さなことで抜け落ちそうになるなんて、オレは思った以上に単純だったらしい。

蓮の花を見ればほとんどの蓮の花が変色していて、手の付けようがない事を物語っている。

自然、母上の手を強く握り返してしまう。



「梵……」

「――っはい、」

「貴方は、たくさんの人に愛されているわ。私を含め輝宗様も竺も、そして貴方のお兄さんにも」

「え……?」



幾分か痩せた手を握りしめたまま母上の目を見つめ返す。

母上の目はどこまでも真っ直ぐに澄んでいて、目だけを見ていればとても死に瀕しているようには見えない。
ただただ嬉しそうに、一切の苦しさなど感じさせずに笑う。



「貴方の兄が伊達を出る前、私達は、約束をしたの」

「……約束……」

「そう……貴方が立派に伊達を継ぐまで、梵の家族を止めると、」

「っそれは……」



震えた肩を慰めるように触れる母の手を掴む。

久しく感じていなかった感情に、自分でもどうしたらいいか分からなくなっていて、正直混乱している。



「貴方の兄は、一番貴方を想っていたわ……だからこそ、あの人は伊達を出ていき、私達は貴方を追い詰めた……」

「、どうして……」



あの時は絶望しか感じなかった。
世界にオレしかいないような感覚。
圧倒的な孤独感と劣等感。
病に侵された時以上に、辛かった。
でもその苦しみすらもおかしいものかと更に苦しんだ。

なのにどうして、



「強く、なって欲しかったのよ……」



オレの考えていることが分かったかのように、言葉を漏らす母上。

小さなその声を聞き逃さないように、集中する。
触れる温度がどんどん下がっていく一方なのに、母上の目は揺らぐことなくオレを見る。



「強くなって……生き延びて欲しい……そして出来れば、この奥州を守って欲しい……それが、貴方の兄の、の願いよ……」

「――……」

「この戦乱の世に生まれた、弟に対する、精一杯の愛情……」



パタパタと蓮の花に雫が落ちる。
それは徐々に多くなり、最後には大粒の雨となり森に広がっていた熱を奪う。
それでも、目の奥に集まる熱は冷めてくれなかった。



「ぅ、あ……っ」

「政宗」



握った手をすり抜け掴まれる頬。
その手を追うように重ねれば、十年前の母上がよくオレに向けていたあの笑顔、オレが好きだった表情を浮かべる母が居た。



「貴方が、私の子で……本当によかった……」

「は、はぅえぇっ……」

「ありがとう、政宗……生き延びて、幸せになりなさい……」



力の抜けた母の手を、蓮の色が戻るまで、オレは握りしめていた。










[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!