山桜 「……ん」 ふるふると白い睫が震え、ぼんやりと目を開けた小澄。 きっちり閉められたカーテンのせいか、今が何時なのか体感しづらい。 どこを向いても本棚がありその全てがきっちりと本が詰まっており、それ以外にはベッドとソファーしかないシンプルな部屋。 そのベッドの上で上体を起こそうとした小澄だったが、腰辺りに巻き付く何かに邪魔され再び倒れる。 「……?」 「ぐがー」 不思議そうに振り返る小澄の顔色は大分戻っていた。 そしてその視線の先には、抱き枕のごとく背中に頬を押し付け力強く小澄の腰に抱き付く元親の姿。 大口を開けて爆睡する姿に、小澄の口から短く息が吐かれた。 「……元親、起きろ」 「ぅあ゛ー……」 腰回りに纏わりつく腕を軽く叩きながら声をかけるが、元親はいやいやと首を振りながら顔を背中に埋めた。 それにもう一度溜息を吐いてから、小澄はじっと元親の顔を見詰めた。 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……っ、いつまでみてんだよぉ……」 「起きたのか」 「……おぅ」 「おはよう」 「、おぅ」 もぞもぞと顔を出す元親に挨拶を投げる小澄。 それに若干耳が赤いのを隠すように元親はもぞもぞと動き、小澄の頭に顔を埋めた。 「くすぐったい、起きろ」 「、んぁあ……」 暫く抱き着いていた元親だったが、意味のない言葉を呻いてゆっくりと体を起こした。 「学校行くから準備しろよ、小澄」 「がっこう……」 「おぅ、……」 起き上がってぼりぼりと頭を掻きながら伝えられた言葉に、小澄は無表情に音を出す。 それを見て片眉を上げた元親は、ドアに背を預け小澄を振り返る。 「まだ一人じゃねぇ世界に、慣れねぇか?」 「……どうだろうな。違和感はないから大丈夫じゃないか?」 「そうか」 小澄の言葉にニッと歯を見せて笑った元親。 それに僅かに口角を上げた小澄は、ゆっくりと体を起こした。 ―――――……。 「はよーす」 欠伸を噛み締めながらのんびりと挨拶を投げる元親に、クラスの彼方此方でのんびりとした声が飛んでくる。 それに手を上げたりして答える元親の後ろ。 痒い所を掻くのをこらえているかのような表情で続く小澄。 廊下側から二列目の最後尾の椅子を引いた元親は、廊下側一列目の席に腰を下ろした。 「Hey! 今日は早ぇじゃねぇか、元親」 「おー、まぁなー」 元親が席について直ぐ、茶色い髪で右目に眼帯をした少年が声をかけてきた。 短い単語でも流暢な発音が目立つ英語交じりで話す少年は、元親に軽い挨拶をすると後ろに立っていた小澄へと視線を向けた。 「Goodmorning、小澄」 自然に投げられた言葉に一瞬、小澄の色なしのサングラス越しの目が瞬く。 しかし一拍の間の後小澄はいつもの無表情で、静かに口を開いた。 「ぐっどもーにんぐ……Goodmorningか……。初めて知った。おはよう」 「そりゃよかった………………What!?」 小澄の言葉の後たっぷりの間をあけて放たれた少年の声は、教室中に響きクラスに来ていた生徒が一斉に後ろを振り向く。 それの様子にびくりと小澄の肩が跳ね、スッと元親の影に隠れた。 「おい政宗、あんまでっかい声出すんじゃねぇよ」 「Oh……Sorry……」 背中にきた小澄の頭を叩きながら、政宗という茶髪の少年を諭す。 政宗は素直に謝りつつも、元親の背後に逃げてしまった小澄に視線を向ける。 視線を向けた瞬間バチリと噛み合った目に、今度は政宗の方が驚く。 しかし小澄は視線を逸らさずにじっと政宗を見る。 「Ah−……治った、のか? オレのこと見えてるか?」 「見えているし聞こえている。お前は誰だ?」 「……伊達政宗だ」 「だてまさむね」 呟いた言葉が政宗の耳に届いた瞬間、政宗の表情が一気に明るくなり小澄の肩に手を置く。 しゃがんだままの小澄の体はグラリと後ろに傾きかけたが、政宗の手によってそれは免れた。 「本当に治ったんだな!」 「え、ほんとに!?」 「マジで?」 「いつ!?」 きらきらした目で叫んだ政宗の声に釣られるように、周りの人間も声を上げる。 それに驚いた小澄の耳を慌てて元親が覆う。 一気に周りに集まった人間に、小澄は目を彷徨わせる。 「おい、だから騒ぐなっつってんだろぉが!」 詰め寄る生徒たちに元親が一喝し、何とかその場は静まり返った。 しかし急に大勢の生徒の声を聞いた小澄は、耳に違和感があるのか頻りに耳を引っ張ったりしていた。 その様子に元親は溜息こそ吐いたもの、その顔はどこか嬉しそうでもあった。 (あなたに微笑む) [*前へ][次へ#] [戻る] |