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異人乃戀-コトビトノコイ-
勉学 八
 志瑯がそれを咏に教わったというのも驚いたが、それよりも志瑯が感情を露わにした言葉を発したことに驚いた。
「嘘に決まってるだろ。若い二人への年長者のちょっとしたからかいだよ」
 咏は苦笑して言うと、部屋を出て行った。
 鷹宗よりも長く側で志瑯を見てきた咏だったが、このような姿を見るのは初めてだった。
 幼い頃から感情が乏しかった志瑯だが、母の死によって更に感情を表には出さなくなった。
 どんなに親しい人の前だろうと、表情は殆ど変わらない。
 民を思う優しい気持ちを持ってはいるのだが、激しい気持ちを持っていない。
 白虎族に対する憎しみの感情を持っているが、決して表には出さなかった。
 志瑯の母が亡くなってから数年が経った時、咏は志瑯から「自分には感情がない」ということを聞いていた。
 咏も母の死の状況が状況なだけに、心が病んでしまっても仕方ないかもしれないと、志瑯の心のケアをずっと行ってきた。
 しかし、志瑯は一部の感情を完全に閉ざしていた。本当に無くしてしまったのかもしれない。そう咏は思っていた。
 元来、人が持ち合わせているはずのものを人に教えるのは難しい。取り戻すことも。
「感情を無くしたわけじゃなく、ただ閉ざしてただけだな」
 湖阿と出会ってからの志瑯は、ほんの少しだが変わったように思っていた。
 気のせいかとも思っていたが、今回のことで咏は確信が持てた。
 それを嬉しく感じると共に、心配にも感じていた。
 今までそれで成り立っていたものが、志瑯が変わったことによって何か変わってしまわないか。
 良い方向に変わればいいが、もし悪い方に行ってしまったら……。
 咏は湖阿と志瑯が居る部屋の方を見ると、笑った。
「そんなことになるわけないな」
 救世主は青龍族を光に導くために現れた。救世主が青龍族を駄目にしては救世主じゃない。
 しかし、もし湖阿が白虎族についてしまったらどうなるだろうか。
 その考えがふと浮かんだが、咏はすぐに消し去った。青龍族の救世主である湖阿が白虎族の救世主にはなれるはずが無いと思ったのだ。
 しかし、湖阿は他の族の救世主になることも可能だということを咏は知らなかった。
 極力人に言わない方がいいと判断したため、あの場に居合わせた人以外はその事を知らない。
 咏は再度志瑯の部屋を見ると、日課を行うために上機嫌で歩いていった。

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