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平凡くんの秘密の恋



―・・・


「結城、次郎くん、か・・・」

「・・・はい」

「ここに親権者のサインが必要なんだが・・・」

「え?ちゃんと書きましたよ?」

「あー、そうだ。君のがな」

初対面から学園長を困らせてしまった。

まだ、雄也に会う前、蒸し暑い夏の頃のこと。

親にサインなんて絶対無理な俺は、なるようになれとちゃっかり自分で書いてしまった。自分の字体にならないように工夫して。でもやっぱりバレるらしい。

「ごめんなさい・・・」

この学園には是が非でも入りたかった。やっと見つけた、これ以上無い好条件の教育機関。食費も教育費も全部面倒を見てくれるなんて・・・

俯いて帰ろうと立ち上がった俺を、学園長は「待て待て」と落ち着いた様子で引きとめた。

「わけを話して行きなさい」

逃げられない状況なので仕方無くまたソファへ腰かける。
ここは学園じゃなかった。学園長が休暇中に住まう家なんだそうだ。こんなところで面接するなんて変わってる。まさに金持ちって家だった。

「深いわけがあるんだろう?」

「・・・単純ですよ。ただ、家族が消滅しただけですから」

淹れてもらったのに、もう冷たくなっている紅茶のカップを手元にとった。水面に自分の笑顔が写る。

笑え。笑え。

「去年の12月、に。いきなりですよ・・・学校から帰ってきたら、家の中がすっからかんで。理由も分からなければ所在も分からない。・・・ってね」

今でも分からない家族の居場所。
あれから声も聞いてない。

バイトとなけなしの貯金でここまで乗り切ってきた。中学だけ行って、学校も辞めた。

「俺の何が駄目だったのかとか、教えてほしいですね。今となっては無理だけど」

家族一人一人の顔が思い浮かぶ。

「・・・直せるなら、直すから」

紅茶は飲まずに置いた。
それから顔を上げて学園長を見る。おそらく50歳前後だろう不精鬚を生やした学園長は、無表情だった。
目が合ったけど、そのまま立ち上がって一礼する。

「バイトがあるので失礼します」

「そうか、残念だ・・・、次郎」

「・・・え?」

「また明日」

「は?」


学園長が言った「また明日」。

バイトに遅れたてクビになったらシャレにならないからと、その時は気にする余裕も無く、帰った。

翌日、バイトの給料を下ろしに行ったその時に気付いた。
振り込まれている、目にしたことも無い大金。
5百万。


俺が学園長の元にダッシュしたのは、言うまでも無い。



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