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平凡くんの秘密の恋



感情を押し殺して消してしまうようにと教育を受けてきたものの、元来我の強いミフネにそれは不成功に終わり、今では消せずに見られないようにしてばかりである。嫌々金髪にしているのも、四六時中眼鏡をつけるのも、似合わない行動を取ってみるのも、相手に自分がどんな人間かを分からせないように。

「あっ、待って!ミフネ、待てって」

そんなミフネの雰囲気に臆せず手を伸ばしてきた次郎に、後ろ手を掴まれる。「まだ何かあるのか」と不機嫌な視線を無意識に向けてしまったらしい。次郎は一瞬表情を硬くしたが、すぐ、にぃっと口端を持ち上げた。

「後で…その、報告したいことがあるから。聞いてくれ」

「それは、良いことか、悪いことか」

笑顔の意味が分からず、内心で身構えながら機械のように声を出す。

「ぜぇっ対、良いこと!」

嬉しげに笑みを深めた次郎は、それだけ言うと、さっさと洗面所のほうへ走っていった。

ミフネは外したエプロンも持たずに台所へ入る。

暫くの間、無心で支度をして台所とテーブルと行ったり来たりをしていたが、同じ作業の繰り返しとなると、つい頭が動いてしまう。半切りの大根を片手に擦り金でおろしながら考え事をした。

あの手首の傷は何か。あれは考えるまでも無く、縄で縛られた痕だ。そんな状況に陥った後だというのに悲しむ素振りは一切無かった。まさか恋人と会って淫らな行為に耽った余韻だとは言うまい。
ざりっ、ざりっ!と手に力がこもる。

健太郎は全幅の信頼でミフネに甘えてきた。今回も、次郎が心配だから、ミフネなら任せられるから、と頼まれたので始めたことだ。頼まれたら中途半端なことはしたくなかった。
『俺の傍にいたら次郎まで危ない…。だから、心配なんだ、俺。…せっかくできた友達、無くしたくない。…ミフネなら、分かってくれると思って』
健太郎の気持ちを裏切ることはできない。かと言って次郎の気持ちを無視してぴたりと張り付くわけにもいかない。それはミフネのポリシーに反する。しかし、今日、ミフネの目も津永や健太郎の目も届かないところに1人で行かせることで、いい加減肝を冷やした。
ミフネは、健太郎よりも次郎の身の方が危険だと思っている。「健太郎事件」の犯人が次郎だったことを、まだ健太郎には告げていない。津永は最近になって言った。言った瞬間、津永は心苦しそうに感じの良い顔を歪めて俯いた。「いったい誰が健太郎をこんな目に!」と、見つけたら問い詰めてやるとまで息巻いていただけに、聞いた時にはとても複雑な心境だったに違いない。あのいじらしい性格に情が移るのに、4人でいた1ヶ月という期間はじゅうぶんすぎるほど長かった。

――ガチャッ

「お先お風呂ありがと―……!うっわ、うまそー!!」

手元はいつの間にか止まっていた。次郎の明るい声で我に返ったミフネは、顔を上げるとシステムキッチン越しに彼を見る。風呂上がりで上気していながら、長いジャージを上下揃えて着ている。たしか昨日は「もう暑くなってきた」とか言いながら、上をTシャツに換えていたはずだ。ますます怪訝に思い注視していると、視線が合った。


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あきゅろす。
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