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平凡くんの秘密の恋
ダーリンの胸の内(side:mihune)



姫、姫と呼ばれ慣れ――。
その度に睨んでやれば、簡単に散る外野たち。

俺は姫と呼ばれる容姿には明らかに不適合者だ。だが、己が名を呼ばれるよりはマシだった。御舟、ミフネ……。今日もまた、何も知らずに呼ばれる氏名。

今の俺には、大それた名だけが身に重く、「殿」に与えられた「王子」すら、守る自信が無かった……――。





「遅い……」

視力両目とも0.2のミフネは、シルバーフレームの眼鏡を愛用している。これといって理由は無いが、親に与えられたものを忠実に使っている。目にかかる伸びすぎた金髪を掻き揚げるその動作の流れで眼鏡の位置を押し上げながら深くため息をついた。この3点セットが癖になっている。生意気にもそう指摘してきた相手がなかなか帰って来ない。苛立ちを込めて茹で上がったほうれん草を力いっぱい絞りきると、兼用にしているエプロンを脱ぎ捨て、ジーンズにシャツの姿で玄関に向かった。

小一時間前にかけた電話では、呼び出された担任と2人でいるという話だった。しかし、居場所を問われた次郎の声に、僅かでも滲む動揺に気が付かない筈は無い。決定的なのは、声の後ろで聞こえる、廊下を歩く靴音。

いつもそうだった。
1人で大丈夫だと虚勢を張って見せて、その実外見ですら装えてもいない。
次郎はよく笑う。自分とは違って楽しいことは進んでするし、窮屈なのは嫌い。そのくせ傷付きやすい。それを表に出さないように耐えているのかもしれないが、洞察力の研ぎ澄まされたミフネには無駄だ。誰かを害するのを嫌い、自ら体重を預けてくるような真似はしない。ミフネが傍にいると、どこか不安げな視線を寄越してくることもある。
してやりたくて傍にいると何度も言ったはずだが、迷惑なのではと煮え切らない次郎を腹立たしく思う。その反面、寄りかかって頼られない自分が不甲斐ないとも感じていた。
しかしミフネは感づいている。彼が気を許せる人間ほど、嫌われるのではと臆病になっている事実を。それがどこかくすぐったかった。

そこで、次郎がとても彼の恋人に遠慮している経緯が分かる。
否応にも生徒会長様(雄也)のことを知っているミフネは、この次郎の性格に、雄也の方が疲弊、もしくは嫌気がさしているのではと思った。実際に反応を見たわけではないのでなんとも言えないが。それと同時に、嫌なら早々に関係を断ち切るような性格だ。近頃連絡を取っているのを見たことは無いが、次郎に沈んだ様子が見られない以上深読みはできない。

上手くいかない。
健太郎を見守っていた時には出来ていた筈だった。自分が目指す「守る」という言葉の意味と、目指していた方向性を、ミフネは今、見失わないようにと必死で足掻いていた。


「あ……」
「………」

寮内で移動する用の履き潰したスニーカーを引っ掛け、カードキーが入ったカードケースを掴んだ矢先、飛び出そうとした扉が外側へと開いた。そこにいたのはもちろん、もう一つのカードキーの持ち主であり、同室者であり、ミフネの悩みの種でもある。無意識に寄った眉間に、次郎はびくりと身を竦ませた後、照れ笑いにも似た苦笑で頭の後ろに手をやった。

「へへ。…ただいま」

心配していたミフネにとって、「へへ」で済まされることではない。現に次郎の様子に違和感を覚えている。皺になったシャツ、手首の鬱血した擦り痕、乱れた髪。少々厳しい声が出た。

「…何か言うことは無いか」

「え…。んと……ただいま、ダーリン?」

あまりに能天気な言葉だった。ミフネは怒鳴りたい気持ちをぐっと飲み込んで鋭く部屋の中に視線をやった。また一つ低くなった声で感情を込めないように言う。

「……先に、風呂入れ。夕飯の支度、しておく」

なぜ自分に何も言わないのか。いつも通り苛立ちを隠し切る自信も無く、早々に切り上げて部屋の中へ引き返す。冷静だと思われがちなミフネだが、それは悟られないようにしているからだ。


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