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そのいち。


うららかな春の陽気に、ゆるゆると吹くそよ風。
照りつける陽光は木の葉が幾分遮ってくれるので、心地よい木漏れ日が頬を掠める。

そんな爽やかな状況の中、オレは軽く目を瞑り何も敷いていない草原の上に寝そべってこの何とも言えない心地よさを満喫していた。時折降り注ぐ桜の花びらが、またよい雰囲気を演出していると思う。しかしそう思ってから何のだよ、と自分でツッコミを入れるハメになったので、少々眉根を寄せため息をついた。

ごろんと寝返りひとつ。
背中はきっと草まみれなんだろうな。……あー、でも別に制服は新品じゃないからいいか。去年も着てたし。

今頃学校では入学式の真っ最中のはずだ。クラスメイトが整列してる中、オレだけが抜け出してるという事実にちょっぴり覚える罪悪感と開放感の狭間で、明日から始まる通常授業へのめんどくささに拍車がかかった気がした。

片目を開ければ、視界に入り込むほんのり明るいピンク色。
片手で前髪についた花びらを払い、手はそのまま瞼の上へ。

オレは再びゆるゆると襲ってくる睡魔に身を委ね、意識を沈ませた。
……訂正。
沈ませようと、した。

その瞬間、ドコッというなんとも小気味よい音と共にいきなり腹部に走る激痛。
オレはげほっと間抜けな悲鳴をあげて、情けなくもその場にうずくまった。


「〜〜〜痛ぅ……! んだよいきなり……」


こみ上げてくるいろいろなものと戦いながら、オレを無礼にも足蹴にした人物を見やる。視線がカチ合った瞬間、ピシッとオレは石化した。


「……いいご身分だな。入学式をサボって昼寝か?」

「あ、姉貴……」


見つめた先からドスの利いたハスキーボイスが降ってきた。
風にそよぐ白銀の短髪は、最近バッサリ切ったものだ。切れ長の赤の双眸がその機嫌の悪さを主張するかのように細められる。瞬間、背筋に走る悪寒。

やっべ。


「いや、でも別にオレが入学するわけじゃないし」

「私はクリスが入るものだと思ったが?」

「アイツだってもう子供じゃないんだから」

「子供じゃなければ付き添わなくていいのか?」

「だってどーせオレ生徒席にいるんだから、いてもいなくてもイマイチわかんないし…」

「クリスは気づいていたぞ」

「それは……ほら………」

「どの道、私が言いたいのはお前の態度の問題だ」

段々尻すぼみになっていくオレの言い訳をピシャリとすべて斬り捨て、容赦なくオレを拷問する我が姉上様。
これそのうち爪とかはがされるんじゃないかってオレが本気で心配し始めた時、また彼女はオレの背中にきつーい一撃を喰らわせた。
どーも彼女は口より手より先に足が出る傾向がある。……まあ、そんなの今に始まったことじゃないけどね。

背中をさすりさすり再びその場に海老の如く丸まったオレを一瞥し、姉上様──もといパール姉は、元来たであろう道を引き返し始めた。
追う気力はおろか文句のひとつも言ってやる余力は生憎残っていなかったので、その後ろ姿をじっと見つめるしかない。


……えーっと。

なんか申し遅れたあげくにこっぴどく醜態を晒してしまった気がするんだけど、そんなことは些末な問題と認識しとくことにして。

オレの名前はエメラルド。本名エメラルド=ワンダーランド。でも長いから普段はラルドって呼ばれてる。
一応こんなんでも一家の長男坊やってます。
以後、お見知りおきを。




……余談だが、その場での回復に随分時間を要したオレが寮に戻れたのは、日もとっぷりと暮れた夜だった。

パール姉、容赦なさすぎ………。





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