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企画
池袋前夜(父帝:にゅう様リク)

それは生まれて初めての経験だった。
あの竜ヶ峰☆ウザイ☆竜也が自分の前に姿を現さないという日々。
毎朝毎夜「みー君みー君」とか言ってベタベタしてくる父親が全くその顔を見せないし、声を聞かせないという信じられない毎日はある意味で非日常。

原因は分かっている。
池袋の高校に通いたいと言い出したからだ。
しかも反対を押し切って受験までして合格通知を見せたらコレだ。
竜ヶ峰竜也は臍を曲げ、自室に引きこもって、ついでにハンストなんかしている。

みー君が居なくなるなら死んでやる!!!!

とか言う頭の可哀想な台詞が帝人が聞いた父の最後の言葉だったりする。

毎日自宅から火曜には少々遠い学校だから一人暮らしをしたいと合格通知を見せながら言ったのが悪かったのだろうか。
それとも了承も得ずに受験した事さえイケナイ事だったのだろうか。
父親を邪険にしても、邪険にされた事のない帝人はすっかり困り果てていた。

母、ひとみに説得を依頼しても「あらあら、あの人にしては可愛い反応じゃない」とか意味の分からない返事をされ有耶無耶にされてしまった。

「父さん」

父の書斎の前に立ち、声をかけても反応はない。
常ならば声をかける前に「みー君遊ぼー!!!」とか言われて開かれる扉は今は無機質に閉じられたまま。

父に拒絶されている。

その事実は予想外に帝人の心を打ちのめしていた。

帝人の望みをなんでも叶えてくれた父。
そんな父親が今までたった一つだけ禁じたのは家から遠く離れる事だけ。
そのせいで修学旅行に行けなかったりしたけれど、それはあまり気にした事がなかった。既に京都や奈良には連れて行って貰っていたし、どうせ修学旅行なんてクダラナイ行事だと帝人は思っていたから…

そんな父だから一人暮らしに反対するのは最初から分かっていた。
けれど、自分に甘い父ならすぐに折れてくれる。そう思っていたのに…

もう3月28日。
明日には池袋に行く。

母が入学手続きや一人暮らしの準備を手伝ってくれたからもう引っ越しをするだけだと言うのに、父は顔を見せない。

「父さん」

返事は何もない。

「入るよ」

恐る恐るドアノブを捻ると、あっさりと扉が開き、電気一つ点いていない部屋が廊下の灯りに照らされる。

「父さん」

影になっているベッドの上で丸くなっている背中に声をかけるとピクリとその背が揺れる。

「あのさ、話を聞い」

「みー君は狡い」

「え」

「私がみー君の願いを無碍に出来ないって知ってるから私に酷い事ばっかりするんだ。」

鬱々と語られる言葉は帝人にも僅かばかりに心当たりのあるものばかりで、帝人は顔をしかめた。

「可愛いみー君なんて池袋とかいう魔都に行ったらすぐに食べられちゃうのに」

「いや、それはないって」

そもそも魔都ってなんだ魔都って。
と心の中でツッコミを入れる帝人。

「ひとみと隠れてこそこそ私から逃げる算段をしてるんだ。どうせ皆、私から逃げてくんだ」

どうして一人暮らし=逃げるになるのか意味がわからない。
が心の底からそう思っているらしい竜也の声色は真剣そのもの。

「みー君なんて大嫌い」

「っ」

「もう顔も見たくない、さっさと消えちまえ。私の愛を理解できない人間なんて要らない!!!」

涙声で叫ばれた言葉に帝人は目を丸くする。
父、竜也が自分を嫌う訳がないという絶対的な自信が揺らぐ。

「父、さん…」

「うるさい!!!!もう私はお前の父親なんかじゃないんだから!!!!!池袋だろうと渋谷だろうと何処へなりとも行ってしまえ!!!!!」

ボスンっ
と枕を投げつける父の駄々っ子じみた言動。
この人なりに子離れをしようとしているんだ。と理解した帝人は小さく微笑む。

本当に仕方ない父親だ。
母さんが"可愛い"と言った意味も何となくわかる。

そう思いながら帝人は父が寝転ぶベッドに腰掛けた。
背中に感じる父の存在が何となくこそばゆい。

「父さん。僕、池袋の学校に行きたいんだ」

返事も何もないけれど、帝人は先を続けた。
よくよく考えれば父親にちゃんと池袋行きについて語った事は無かったかもしれない。
父さんなら大丈夫と勝手に思い込んで、何の相談もしなかった。

心の中でそんな反省をしながら言葉を紡いでゆく。

「紀田君に誘われたからじゃない。ただ僕はこの生まれた場所以外を見てみたいんだ」

相談もせずにただ結果だけ報告して池袋に行かせてくれだなんて随分と虫のいい話だった。

「父さん。僕ね。父さんが居ると父さんに頼っちゃうって分かってるんだ。それってそろそろダメだなって。だから」

「だから池袋で一人暮らし?」

「うん。極端かもしれないけど。僕だって男なんだ。父さんみたくちゃんと一人で立てる人間になりたい」

僕はずっと父さんからの過保護すぎる愛に甘えていた。何をしても絶対に守ってくれる人に頼って甘えて、何も考えた事だってなかった。
父さんの気持ちさえ…

過去の自分の幼さに帝人自身反吐が出そうだった。


「……みー君は狡い」

ポツリと呟かれた言葉。

「うん、ごめん」

狡くて卑怯だから今だって父親の優しさに付け込んでいる。と思いながら帝人は頷く。

「それでも、僕は行くよ」

「…………勝手にしなさい」

完全に布団にくるまった父親の姿に苦笑しながら帝人は立ち上がった。

「やっぱり父さんは僕に甘すぎる」

それには何の返事もなくて、帝人はそのまま灯りの点いていない部屋を後にした。

翌日も竜也は顔を出さず、そして帝人は池袋へと赴いた。
紀田正臣に案内されるまま池袋を廻った彼は最後にこれから自分の帰る場所となったボロアパートに到着し、まだ何もない畳の上に寝転がった。

池袋には地元にはない何かがある。
そんな興奮と
池袋には父親はいない
そんな不安に帝人はギュッと目を瞑り、唐突に鳴らされたチャイムに瞳を開けた。

「なんだろ」

のそりと立ち上がった彼は「宅配でーす」という若い男の声に首を傾げながら扉を開く。

「埼玉のり…りゅうがみねさんからのお届け物です」

一瞬名前が読めなかったらしい宅配の兄ちゃんから大袈裟なダンボールを受け取った帝人はパチパチと目を瞬かせ、伝票を見る。

送り主の名は『竜ヶ峰』
下の名前さえ書いてないけれど、明らかに父親の字で

「ウッザイ位に甘いって」

帝人は苦笑いしながらダンボールを開け、『入学おめでとう』と書かれた手紙を取り出した。


―――――――――――――――
父帝〜
意外に真面目な展開に(笑)
珍しく竜也がツンデレしやがりました

ひとみさんは帝人が一人暮らしするとか言い始めてから「あの人、帝人を監禁するとか言い出したりしそう」とか思っていました(笑)


[2010/5/24.Up]

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あきゅろす。
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