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君のぬくもり(サリタ・タロットワーク:ちょー)


「タロットワーク」

はっきりと名を呼ばれてしまえば気付かないふりをして逃げることも出来ず、タロットワークはゆっくりと振り返った。振り返った先にいるのが彼女でなければいいのに。そう思いながら、その思いが叶わない事は知っている。彼女の声を聞き間違えるなんてあるはずがない事は自覚していた。

「姫様」

予想していた通りの立ち姿が小さく駆け寄ってくる。長く背まで伸ばされた髪が控えめに左右に揺れた。真っすぐな赤銅色の髪は兄とまったく同じで、光る穏やかで優しい榛色の瞳もジオラルドとそっくりだ。

「どうかなされましたか?」

呼びとめられた用件を問うと首を傾げる。どうしてそんな事を聞かれているのか分からないと彼女は目を丸くした。勉強熱心でいて頭は悪くない。物知りなようでいて世間の事はあまり知らず、また知らされていないがゆえの無垢な瞳は純粋で綺麗だ。まっすぐな赤銅色の髪の毛ときらきらと輝く榛色の瞳を持った容姿はさることながら、そんな内面もジオラルドにそっくりだと彼ら兄妹を知る者は皆口をそろえて言う。そんな彼女は用件がなければ呼びとめてはいけないのかと尋ねて来た。

「いえ、そういうわけではありませんが…。どうされたのかと思いまして」

よほどの用件がない限り、彼女と話したくないと思ってしまうのはタロットワークの我儘だった。ジオラルドに良く似た彼女の姿を目に入れるだけで、ただでさえ身を苛んでいる罪悪感が大きくなる。傷つけた張本人であるジオラルドを目の前にしているような、そんな気分になる。彼女から兄を奪った張本人である自分に向けられる何も知らない目が痛い。

「最近、あまり会えなかったでしょう?だから、つい、姿を見かけて呼びとめてしまったの。仕事の邪魔をしてしまったかしら?急ぎの用事がある?」

ジオラルドに魔法をかけてしまってから徹底して彼女を避けていた。彼女はその事に気付いていない。眉を下げて笑う彼女に仕事があるといえば、この場から去る事は簡単だ。言外に最近会えなくて寂しいと言ってくる彼女は、それでも自分の感情よりタロットワークの都合の方を気にしているのだから、頷いて見せればこの会話もすぐに終わる。それなのに、彼女の表情を見てタロットワークの口からふいに出たのは「いえ」という言葉だった。発せられた自分の声に驚くより先に、彼女の顔が嬉しげに華やぐ。

「本当に?ならちょうどよかったわ。もうすぐお茶の時間なの。今日はハーブを混ぜたクッキーだと料理長が言ってたわ。タロットワークも一緒に食べましょう」

「あ、いえ」

しまったと、自分の発言を撤回するにはもう遅く、彼女は自然な仕草でタロットワークの手を取る。

「昔から細かったけど、最近また痩せたんじゃない?食べなきゃダメよ」

前へと足を踏み出しながら小さく笑うその顔には心配の色が浮かんでいた。声に、表情にいつかのジオラルドが重なる。労わってくれる声、表情、手。胸が締め付けられるくらいに温かくて優しいそれらは自分がもらっていいはずのものではない。彼女から大切な家族を奪った自分にはそれらを与えられる資格なんてないのだ。それなのに、タロットワークには手を振り払う事も、誘いをはっきり断ることも出来なかった。

ズルイと、奪うだけ奪って、何も知らない顔で彼女の傍にいる自分の卑怯さに泣きたくなる。本当の事を告げられない勇気のなさに顔がゆがむ。けれど、そんな顔をすれば彼女はますます心配して、タロットワークに構ってくるだろう。だからタロットワークは出来る限り何でもない風に表情を取り繕う。

「すみません」

嘘をついて、裏切って、罪悪感は確かにあるのにそれでも真実を告げる事が出来ず行動も起こせない。そのくせ、与えられる優しさを拒む事も出来なくて。本来なら謝る権利さえありはしないのに、堪え切れなかった自己満足でしかない謝罪に彼女が不思議そうにしてから笑う。

「どうして謝るの?変なタロットワーク」

向けられた笑顔に胸が詰まる。自分のしてしまった事を話す事が出来れば、胸のつかえはなくなるだろうか。楽になるだろうか。

想像だけして、出来もしない事に気付き、彼女が前を向いたのをいい事にタロットワークは自嘲の笑みを浮かべる。出来はしないのだ。リブロを裏切ることが出来ない。幼いころからそう仕込まれた。それに、繋がれた手を見て、思う。話せばこの手のぬくもりを失うことになってしまうかもしれない。親友を裏切っておいてそんな事を思う自分の醜さに嫌気がさすが、リブロを裏切ることを考えられないのと同じくらい、この手を失う事を考えられない自分がいることにタロットワークは気付いてしまった。

彼女の傍から離れてしまったのは何も罪悪感だけが理由ではない。知ってしまった自分の醜さから目をそむけたくて、何も知らない彼女の綺麗さが痛い位に眩しくて、タロットワークは彼女から逃げたのだ。掴まってしまえば、何より彼女の綺麗さから離れられないと分かっていたから。思っていた通り、彼女を拒絶出来なかった自分にタロットワークは俯く。

握られた手を振り払う事ができないのに、その手を握り返す事も出来ない。







君のぬくもり



(幸せを感じれば感じるほど、辛くて息が出来なくなっていく)

タイトルはあったかくて幸せそうな感じなのに、中身がそれとは程遠い仕上がりになってしまった。



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あきゅろす。
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