◆短編
楽しい吸血鬼一家3
―――夜
使い魔である私にとって1番過ごしやすい時間だが、幼いキャロはこの時間になると眠ってしまう。
ロードがキャロに仕事を頼む事はほとんどないので眠ってしまっても支障はないのだけれども、使い魔としての生活バランスに問題はないのか少々気がかりではある。
(それもきちんと調べてみるか……)
とりあえず、今はそれよりも調べておきたい事があるのだ。
机の上に運んだ本を魔法で持ち上げると、短い前足を動かしてページをめくる。
その本に描かれた料理はとても綺麗で美味しそうだけれど、これではいささかカロリーが高すぎで、私が調べたい情報はないようだ。
「私たちはあまり体重操作で努力しないからな……」
魔族はあまり太らないし、仮に太ったとしても魔法で容易く痩せる事が出来る。
まだまだ使い魔としても未熟なキャロは体重操作も魔法では行えない為、外部からのエネルギーを調節しないといけない。
なのでダイエットを頑張るキャロの為に美味しくてカロリー控えめの料理を作ってあげたいのだが、載っているのは高カロリーの料理で逆に太ってしまいそうな情報ばかり。
料理は得意分野なので自分でメニューを考えてもいいのだけど、どうしても自分の好みに偏ってしまう。
(人間の世界は空前のダイエットブームと聞くし、今度行ってみるかな)
人は嫌いだが、可愛いキャロの為だ。
致し方ない。
コンコン―――
ノックの音に確認は不要だ。
なにせこの屋敷には私とすでに眠っているキャロの他にはロードしか居ない。
「どうぞ、開いてます」
コウモリの姿で扉を開けるのは時間がかかるので、自分で開けてもらう。
不敬だと怒るような性格ではないのは承知している。
「御用でしたら私が参りましたのに」
「いや、僕も暇だったからね」
「それでご用件は?」
「うん……、ん? あれはキャロの為に調べていたのかい?」
「ええ。私の知識だけでは偏ってしまいますから、外部からも情報を取り入れようと思いまして」
「ふぅん、本当にカロッテはキャロが好きだねぇ」
意地悪な視線が身体に絡みつき、含みを感じさせる言い方に若干苛立ちが湧く。
キャロが居た時も時折チラチラとこういった態度だから頂けない。
『あれ』は秘密にする約束だ。
「……それが要件ですか?」
「怖い怖い、そう睨まないでくれ。要件はこれだよ」
困った顔をしながらもくすくすと笑ったロードは、スッと伸ばした手の先でグラスを左右に揺らした。
「君に言われて気づいてね、最近血を与えていなかっただろう?」
「そう、ですね」
コクンと喉が鳴る。
私たち使い魔にとって血はなによりのご馳走だ。
私は比較的魔力も強いので長い間血を与えられなくても耐えられるが、力の弱い魔族だと禁断症状で発狂するほどのご馳走。
先ほど切った指から垂れた血の香りが今も鼻に残って、私の喉を強烈に枯らしていく。
まるで今この部屋の温度だけが異常に上がってしまったかのような錯覚に囚われそうだ。
「グラスをどうぞ?」
細見のワイングラスは光を弾いて妖しく光る。
小さなグラスとはいえ、コウモリの姿では持ち上げられない。
つまりロードは人の姿になれと、言外に所望している。
私が人の姿になるのが嫌いなのを知っていて、わざわざ。
「……性格の悪い」
「聞こえているよ?」
「聞こえるように言っているんです」
身体の中心に魔力を集中させ、一気に解放する。
上下左右に身体を引き伸ばされる感覚はなれる事がなく、軽い眩暈に眉根を寄せた。
「久しぶりだね、私の人参さん」
いつもと違う視線のロードは嬉しそうに口元に笑みを湛えて、私のほほに触れる。
やわらかい指先が目元の皺をなぞり、薄い唇をくすぐる様に触れ、名残惜しそうに髪を一撫でして離れた。
ロードに仕えるようになった時期の遅い私は見た目だけなら彼よりも年輩で、老齢と言ってもおかしくはない外見をしている。
実際の年齢は知らないけれど、年を取らない吸血鬼のロードと並べばまるで親子だ。
「瞳の色が橙色なだけで人参と名付ける貴方の感性はわかりません」
「そう? いい名前じゃないか、カロッテ。嫌かい?」
「もう慣れました」
軽く首を振って否定しつつグラスを受け取ると、わざとらしいほど恭しく差し出した。
ロードから受け取ったグラスは軽いはずなのに妙な重さを感じさせる。
それが主従としての重さなのか、彼に頼み込んだ秘密の重さなのかはわからない。
だけど最後に決めたのは自分だ。
逃げる気も拒絶する気もない。
爪で傷つけられたロードの指から紅い血がポタリと落ちる。
それはキャロの時とは違い、グラス一杯になるまでゆっくりと溜められた。
芳しい血の香りに脳が揺れる。
浅ましく涎を垂らしそうな本能を理性で押し込めて、震えそうになる腕を必死で抑え込んだ。
ほんの数分がまるで永遠のような時間に感じ、気持ちが急いて息が上がる。
悔しいけれど、どうしようもなく私は彼に従属する使い魔だ。
「カロッテ」
「は、い」
匂いに酔った頭はぼうっとして、返事すらたどたどしい。
血に塗れたロードの指が私の唇をなぞり、甘い血の味が口内に広がった。
「ん……、く」
震えるほどの甘露。
意識しないようにしていたけれど、身体は正直に彼の血を欲していた。
「なぜ秘密にしないといけないの? 言ってしまってもいいじゃないか」
「だめで、す」
指を噛まないようにゆるく首を振って拒絶する。
約束したはずだ。
……契約ではないから拘束力はないけれど。
「僕は言いたいよ、
キャロは僕と君の子供だって
」
「私は言いたくないです」
「い゛っ?! 傷口噛んでる、噛んでるよ!」
「わざとです」
「意地悪だなぁ」
苦笑しながらも彼は私が噛んだ事を怒らない。
本来なら殺されても文句の言えない暴挙だ。
「秘密にして下さる約束でしょう?」
「でもいつか気づくよ、キャロは君にソックリだ。橙色の瞳も頑張り屋な所も」
「……何を言っているんですか、貴方にそっくりですよ」
「君の事がとても好きな所?」
「自分で言ってしまうんですか、それを」
「ああ。幾ら伝えても足りない位愛しているよ」
血の味が残る唇に彼の唇が重なり、熱い舌が私を翻弄していく。
このまま溶けて彼の一部になってしまえたらいいのに。
(私の方が、ずっと愛しているんです)
言葉は音にすることなく、私の心で反響し続けて大きくなる。
伝えられるはずもない、こんな言葉。
使い魔の分際で彼の隣に立つことなんて許されるはずもなく、彼の子供を産んだ事も隠し通さなければいけない。
使い魔如きに子供を産ませたなんて、彼の株を下げるような事が表ざたになっては困るのだ。
「愛しているなら約束……、守れるでしょう?」
それに私は今でも十分幸せだ。
愛おしい人と、可愛い子供。
これ以上の幸せなんてこの世のどこを探したってあるはずがない。
「……じゃあ2人目」
「ダメです」
これ以上幸せだと私は怖いんです、マイロード。
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