◆短編
楽しい吸血鬼一家2
「とはいえキャロの体重は如何ともしがたい問題だ。あまり太っていると病気の原因になりかねん」
『ダイエット、ですか? 食事を制限するのはあまり好ましくありませんよ?』
「えっ、ご飯食べちゃダメですか?!」
「まさか、そんな事はさせないよ。キャロ、人間の姿になれるかい?」
「えっと、あんまり得意じゃないですけど、やってみます!」
机の上から椅子の上、椅子の上から机の足置き、ぴょんぴょんと跳ねて床まで降りると、身体にうーんと力を入れて魔力を使う。
魔法もあまり得意ではないので上手く出来るかちょっとだけ不安だ。
「えいっ!」
身体の真ん中が爆発するみたいに熱くなって、全身がぐにゃっとする。
もしかしたらうにうにと身体が波打って姿を変えているのかもしれないと思うと、変身する時は目を開けられない。
「どう、かな?」
おそるおそる目を開くと、短い前足がちゃんと人の手になっている。
成功だ!
「やったぁ!」
『やってはいないかな』
「え?」
カロッテさんの苦笑交じりの声に、僕はあわてて自分の姿を見直してみる。
だけど手も、足も、手で触ってしか確認出来ないけれど顔だって人間になっていた。
どこがおかしいのかわからずに、全身を確認しようとその場でくるくる回ってしまう。
「でも可愛いからいいんじゃないかな?」
『そうですね、それに運動量も多少は上がるでしょう』
「えっ、えっ? どこです、どこが変なんですか?」
『背中だよ、羽が残っている』
「えっ、……ああっ!」
背筋に力を入れればパタパタとコウモリの羽がはためき、ゆったりと空を掻く。
あるのが普通なものだから、ついうっかり消すのを忘れてしまった。
「でもいつもより上手に出来たね。しばらくはその姿でいてごらん」
「なんでですか、ご主人様?」
「人の姿の方が消費するカロリーが多いからね。人の身体は実に無駄にカロリーを使う」
「そうなんだ」
「本当は2足歩行している時点で無駄が多いんだよ」
「あれ、でもご主人様も2足歩行してますよね?」
「僕は無駄を楽しんでいる」
ご主人様はそう言うと目元を細めて口元に妖艶な笑みを浮かべた。
上位種の吸血鬼にとって日々は退屈で面白みのないものらしく、僕達使い魔の主な仕事はご主人様の退屈をなくす事だ。
それでもご主人様の使い魔は僕とカロッテさんだけだから、とても少ない方らしい。
人によっては数百もの使い魔を使役していると聞いた。
そんなにたくさん居たらご褒美の血液をわけるご主人様がカラカラになってしまいそうだ。
―――キュゥウ…
「……あう、血の事考えてたらお腹なっちゃった」
「おやま、キャロは何もしていないのにご褒美を欲しがるのかい?」
『少量ならいいんじゃないですか? これから頑張る為の原動力にもなりますし』
「……カロッテはキャロに甘いねぇ?」
意味ありげにご主人様がにやにやと笑う。
からかうご主人様をカロッテさんは冷たい瞳で一瞥し、フンと鼻を鳴らした。
『……今まで貰っていない分の褒美で貴方の血液を枯らして差し上げましょうか?』
「う゛、それは困る」
『キャロはまだ魔力が弱くて沢山の血を飲めないんですから、ケチケチするもんじゃありません。それでも文句があるのなら私の分からわけてあげて下さい』
「いいの?」
机の上のカロッテさんを両手で掬い上げるように持ち上げて、目が合うようにする。
コウモリ姿のカロッテさんはコクリと頷いて、羽をハタハタとはためかせた。
『ええ、ですがあまり飲みすぎてはいけませんよ? この前のように鼻血が止まらなくなってしまいますからね』
そういえば以前ご褒美で血を貰った時は、あまりの美味しさに飲みすぎて鼻血が止まらなくなり、夜中カロッテさんに看病してもらったのだ。
氷で冷やしたり、足りなくなりそうな血を補充したり、いろいろと迷惑をかけたのは記憶に新しい。
「そうだねぇ。カロッテ、ボウルにチョコレートを溶かして来てくれないか?」
『??? ……畏まりました』
突然ご主人様が言い出した事にカロッテさんは不思議そうに首を傾げたけれど、そこは優秀な執事のカロッテさん。
美しい動作で頭を下げると、ご主人様の声に従った。
「チョコ?」
「ちょっと待っていなさい」
やっぱりご主人様が何をしたいのかわからなくて、僕はカロッテさんがしたみたいに首を傾げる。
ご主人様はそんな僕を見て、嬉しそうに笑っていた。
***
「ふわぁ、美味しそう…!」
ボウルの中のトロトロのチョコは不思議な魔法で固まらないようになっていて、軽く揺らすと水のように揺れた。
そしてご主人様がもう1つ用意してくれたのは、
「キャロ、いいかい? 食べすぎないように、このフルーツの分につけられるだけ食べるんだよ」
パイナップルに、バナナに、イチゴ。
キウイにオレンジも!
『カロリーオーバーじゃないですか?』
「明日からこういったモノを減らす前に、ね?」
『貴方も十分甘いです』
「しょうがない、キャロは可愛いもの」
そういって苦笑するとご主人様は鋭い爪で指の先に傷をつけ、ポタリとチョコレートに血を落とす。
1滴、2滴、3滴……。
「……これだけ?」
「あとはダイエットが成功したらだね、今のキャロにはこれでも十分濃いぐらいだ」
「うー、頑張りまぁす」
フォークにフルーツを1つ刺して、ご主人様の血が入ったチョコレートをたっぷりつける。
ボウルから出したチョコレートはシュッと固まりはじめ、フルーツをコーティングしていく。
チョコの匂いだけで口の中は涎でいっぱいだった僕は、その美味しそうなフルーツをぱくんと口に含んだ。
「あ、まぁああい!」
すごく、すっごく美味しい!
「ご主人様、カロッテさん、美味しいです!」
2人は僕を眺めながら幸せそうに笑い、そんな2人を見て僕はなんて幸せな使い魔なんだろうと改めて思う。
大事な2人を心配させない為にも、頑張らなきゃ!
……明日から。
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