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◆短編
楽しい吸血鬼一家1
「重っ! キャロ、ちょっと降りて」

「ええっ?!」

ご主人様が僕の身体をむんずと掴んで机の上に下ろす。
机の表面が足の裏に冷たくて、僕は遠ざかるご主人様の手をあわてて追いかけた。

「酷い! 酷いです、ご主人様! 僕の事嫌いになっちゃったんですか?!」

「あのねぇ、キャロ。嫌いだったら君みたいに特に何が出来る訳でもない使い魔を使い続けないよ?」

「ひ、酷っ! そんな言い方酷いです!」

確かに僕は吸血鬼であるご主人様の役に立てる事は何も出来ないけれど!
得意な事と言ったら食べる速さくらいしかないけど!

……あれ、僕ってもしかしてイラナイ子?

「そんなこと言うけどね、君。重すぎてコウモリなのに飛べなくなったじゃないか、丸いよ?」

ガーンとショックを受けた僕はフラフラと後退し、机の上に乗っていたペンに躓いてコロリと転んだ。
ご主人様の言う通り、丸い身体はコロコロとよく転がる。

上手く起き上がれなくてやさぐれた僕は、転がったまま腹の毛を前足でワシャワシャと掻き乱した。

「だ、だって、ご主人様がお菓子いっぱいくれるから」

「まあそれに関しては僕が悪い。だけどちょっと太りすぎだ」

そう言ってご主人様はコウモリの形をしたピンを指先でピンと弾くと、表面の光沢が鈍く変わり、金属だったピンが本物のコウモリに姿を変えた。
優雅な動きでご主人様の肩に降り立ったコウモリは、僕よりもずっと古くからご主人様と一緒にいる使い魔だ。

「ほら、見てごらん? カロッテは君よりもずっと年上で身体だって大きいのにこんなにもスリムだ」

「え、えう……ぅ」

確かにカロッテさんの身体はシュッとしていて、スマートで、僕と同じ種族には思えない。
しかも彼は僕と違って魔法も堪能な上、ご主人様の秘書まで勤めているのだ。

『ロード、そんな事の為に私を起こしたのですか?』

「カロッテ、君だって可愛いキャロが肥満で身体を壊したら可哀そうだと思うだろう?」

『私が用意する食事を食べて太るなどありえません。キャロが可哀そうだと言うのなら、その状況に持ち込んだのは貴方です』

「うぐっ」

カロッテさんはご主人様にピシャリと言い放つと、フワリと飛んで僕の傍に着陸した。
そして前足で僕の翼を軽くなでると、優しい声で語りかける。

『キャロ、そんな冷たい机の上で寝転がっているとお腹を壊しますよ』

「……うん」

カロッテさんはご主人様には厳しいけれど、僕には優しい。
いつもおいしいご飯を作ってくれるし、僕の毛繕いもしてくれるから大好き。

「なんだいなんだい、カロッテばっかりキャロにいい顔して。僕だって別に酷い事ばかり言いたい訳じゃないんだよ?」

「でも肩には乗せてくれない、酷いぃ」

「キャロ、おいで。乗せない理由を教えてあげるから」

テチテチと机の上を歩いてご主人様の元へ行くと、ご主人様は僕の身体を優しく掴んで持ち上げる。
何をするんだろうと不思議に思っている僕は、不安定な足場の上に下ろされた。

「わっ、何?!」

キィキィと足場はしばらく揺れて、やがて静かに揺れは収まっていく。
どうやらこれはお菓子用の秤のようで、僕からは見えない数字をご主人様とカロッテさんはジッと見つめていた。

「……うわぁ、1sある。使い魔だから普通のコウモリより大きいし、多少は体重があってもいいと思ったけど、数字で見るとこれは……」

『どれだけ無節操にキャロにお菓子をあげたんですか、貴方は』

「欲しがるままに?」

カロッテさんはご主人様をキッと睨むと、僕の乗っている秤の端にちょこんと座る。
軽いカロッテさんが乗っても秤は少ししか動かない。

『可哀そうなキャロ。無能な主人に生み出されたが為に必要のない苦労をさせられて』

「カロッテさん。僕どうしたらいいの? イラナイから追い出されちゃう? 僕、実家に帰るの?」

『キャロ……。非常に言いづらいのですが、ロードの魔力から生まれた貴方の実家はここです』

「うぇええぇ、帰る実家もないよぅ!」

ご主人様にとってイラナイ子で帰る実家もなくて、僕はどうしていいのかわからず、感情のあふれるままにぽろぽろと涙をこぼす。
短い前足で拭っても拭っても次から次へと涙はこぼれて止まらない。

「直情型というかなんというか、誰もキャロをいらないなんて言っていないだろう?」

ご主人様の手が僕の身体を抱き上げると、指の腹で僕の目元を優しく拭ってくれる。
それでも涙は止まらなくて、ご主人様はさわり心地のいい絹のハンカチで僕の顔を拭いてくれた。
ズビズビと垂れた鼻水がついてしまったのに、ご主人様は怒らず僕の頭を優しく撫でてくれる。

「でもコウモリなのに飛べないんですよ? 僕に出来る事なんてご飯をおいしく食べる事ぐらいですよぅ!」

口に出すとますます情けなくて、引っ込みかけていた涙がまたポロリと零れた。
だけどそんな僕にご主人様はニコリと笑う。

「そんなキャロだから僕は一緒にいるんだよ。美味しそうに食事をしている姿が可愛くて、ついついあげすぎてしまったけれどね。冗談でもいらないなんて言ってはいけないよ? キャロは大事な私の使い魔なのだから」

「ご主人様……!」

「ゴフゥッ!?」

ご主人様の言葉がすごく嬉しくて抱き着こうとしたら、勢い余ってご主人様の顔に思いきりぶつかってしまった。
ご主人様の高い鼻が赤くなってすごく痛そう。

「ご主人様」

「な、なんだい、キャロ」

「僕、重いし石頭みたいなので投げて使うとかどうですか?」

「却下!」

ちえっ、いい案だと思ったのになぁ。


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