◆短編
蜘蛛の糸2
あれから数年、俺の為に用意された部屋に、大学を卒業して一流企業に勤めている弟も最近一緒に住むようになった。
初めは嫌だったけどとりあえず家主だし、俺にあれこれ干渉しないから邪魔にならないしで大分慣れた。
嫌になれば出て行けばいいかと思っていたけど、苦手な掃除や片づけをしてくれるので割と重宝していたりいる。
どうも俺はやらなくても死なない事には、やる気が起きない性格らしい。
両親は実家から出る事を大分反対したようで、今でも弟の携帯電話には頻繁に電話がかかってくる。
弟から聞いた話だと説明しても理解してもらえないのはわかっているから1人暮らしだといってあるようだ。
多分俺が一緒だとわかったら俺の事を殺しに来るんじゃないかな?
「兄さん、灰が落ちるよ」
「んあ? さんきゅ」
差し出された灰皿にタバコを押し付けると、プハァと煙を吐き出した。
ああ、身体に悪いものってどうしてこう美味いんだろう。
「今日は何してたの?」
「動画めぐり、猫可愛い超可愛い」
あれね、凶器。
もう全身が凶器だとしか思えない。
どこもかしこも爪の先まで可愛い凶器。
毛玉に萌え殺される、可愛い。
「じゃあ飼う?」
「飼わない。俺に飼われたら猫がかわいそう」
面倒は見るだろうけど、俺は人にこれだけ嫌われる性格だ、猫だって嫌がるかもしれない。
俺は猫が好きだから猫を飼わない、猫の為に。
「俺は犬の方が好きだな、犬はどう?」
「散歩面倒」
「あはは、兄さんらしいというか。でもたまには運動しないと身体に悪いよ、散歩だけでもしてみたら?」
「日の光に当たると溶ける」
外に出るのはタバコを買いにコンビニに行く時と、腹減った時ぐらいで、それも夕方から深夜にしか出ないという駄目人間っぷりだ。
この前日中外に出たら日差しにやられてめまいがした。
日差しっていうより日刺しだろ、あれ。
「それは困るなぁ」
クスクスと笑う声に馬鹿にした感じは受けない。
嘲笑ではない、耳に心地いい笑い声。
低い声が空気を軽く振動させるのもいい感じだ。
「飼いたいんなら自分で面倒見ろ、俺は責任もたん」
「いいや」
「いいのか?」
「兄さんと2人きりの方がいい」
じゃあなんで飼うかなんて聞いたんだ、こいつ。
「お前は何してたん?」
社交辞令で聞いてみるが、実際興味はない。
一流企業の仕事内容なんて知っていても俺の人生に何のメリットも無いし、エリート様の悩みなんか相談されたってリア充乙としか思えん。
「いつもと変わらない仕事、かな。両親の圧力でもあるのか簡単な仕事しか回ってこないんだよね」
「あー、あの人達ならやりかねん」
両親の狂気すら感じる弟に対しての過保護な姿を、俺は何度も見ている。
少し咳をしただけで医者を呼びつけ、駄菓子などもってのほか、学校の先生の教え方には当然のように文句をつけた。
遠目にその姿を見ていたけれど、よくもまあそこまで自分以外に一生懸命になれるものだと感心する。
俺は俺以外の為にあまり一生懸命にはなれない。
「俺は自分の実力でやりたいのに……、邪魔だな」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、別に」
ニコリと笑ってはぐらかされる。
聞き逃した言葉が少し気になるが、どうせ大事な事でもないだろう、必要な事なら言ってくるはずだ。
「お前飯は?」
「どうしようか? 一緒に食事に行く?」
お坊ちゃん育ちのコイツは料理が出来ない。
包丁は危ない、火を使うなんてとんでもない、と教えられたんだろう。
俺はフツコに教えてもらったから料理だけは出来る。
片付けは好きじゃねぇ、つか嫌い。
勿論フツコの作る絶品の料理に比べると大分味は落ちるけど、食えないような味のものは作らないと自負している。
「冷蔵庫」
「え?」
「メインは冷蔵庫、鍋の味噌汁は明日も食うから沸騰させんなよ」
生活費もコイツから貰ってるから作ったといって威張れるようなものではないが、俺が作ったものでよければ食べればいい。
どこかに出掛けて食べるつもりならあまりは明日食うし。
「えっ、兄さんが作ったの?!」
「嫌なら追いとけ」
「た、食べる!」
焦ってぶんぶんと頭を勢いよく振った弟は、相変わらずよくわからない。
好意的な視線の意味も理由もまっっっったくわからない。
「あっそ」
手をひらひらと振って興味がない事を伝えると、俺はパソコンに向きなおす。
わからない事を考え続けるほど非生産的ではないし、気が長くも無い。
俺は当然のように帰りを待たずに先に食った。
元々腹が減ったから自分の為に作った飯でついでに作っただけだし。
「兄さん」
「あ?」
「ありがとう」
目元を柔らかく細め、本当に嬉しそうに弟は笑った。
普段の端正でさわやかな雰囲気が、妙に幼く可愛らしく見える。
そんなにめちゃくちゃ美味い訳でもないし、見ればわかるだろうけど見栄えも悪い。
そんなに喜んで落胆が深くても、俺は何の保障もしないけどな。
コイツもてるんだろうなぁ。
だっていい所のボンボンで、金があって、顔がいいんだぜ?
多少俺から見ると訳がわからない奴だけど、そういうのも美形だとミステリアスって言われる。
俺がここに居たら女連れ込めなくね?
「変な奴」
嫌ではないけど、やっぱり評価は変わらない。
俺の弟は変な奴だ。
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