◆短編 蜘蛛の糸1 親父は俺の事を出来損ないと言った。 お袋は俺の事をゴクツブシと言った。 もう何年も会っていないけど、きっと今もそう思っているだろう。 記憶の中の両親が俺に好意的な視線を向けたことは無い。 女は俺に近づかず、遠巻きに見て気持ち悪いと言う。 何を持って気持ち悪いと言っているのか定かではないが、性格にだったら納得だ。 ネガティブで、陰湿で、粘着質で、小悪党、自分で自覚しているだけでも避けて通りたい。 顔だったらそんな文句は親に言えと思う。 俺だって好きでこんな不細工に生まれたかったわけじゃねぇ。 数少ない友達は俺の事をどうしようもない奴だと笑う。 それでも友達と言ってくれるあいつ等はいい奴だ。 本当にどうしようもない俺を笑うだけでいまだに遊びに誘ってくれる。 どうしようもない俺は面倒だと断ってしまうけど、それでもまた誘ってくれる、本当いい奴。 現在俺は定職に就かず、日がな一日インターネットで時間を潰す毎日を送っている。 自由に出来る金は皆無に近いが、それでも何とか生活出来ている理由は……。 「ただいま」 「おけーり」 「またそんなに画面に顔近づけて、眼が悪くなっちゃうよ?」 「もうわりーからいいよ。お土産は?」 「はい」 差し出した手にポスンと乗った長方形にニヤリと笑う。 いいねぇ、ちょうど無くなった所だ。 開け口を無視してビニールに爪を立てる。 まどろっこしいのは苦手だし、綺麗にはがれたってどうせゴミ箱に放り込まれる運命からは逃れられない。 数時間ぶりのタバコの香りは鼻に心地よく、底をコッコッと爪で弾いて1本だけ取り出すと口に咥えた。 座っている所為で探りにくいポケットに手を突っ込むと、出てきたのは鼻をかんだ後のティッシュとのど飴の包み紙、それにいつからそこにあったのか判らないほどぐしゃぐしゃになったレシート。 「……ちっ、ライターどこだ」 「はい、どうぞ」 「さんきゅ」 スッと差し出されたライターは俺の為に用意されたもので、コイツはタバコを吸わない。 マメな事だ。 「禁煙したら?」 「うぜ。母親か、おめーは」 「弟だよ」 俺は弟に寄生している。 俺の誕生より3年遅れての弟が生まれた時、両親は物凄く喜んだ。 それはもう見た事が無い笑顔でその弟を見つめ、まるで宝物のように触れた。 そして俺を忌々しげに睨んだ。 元々両親から嫌われている事は判っていた。 叩いたりはしなかったが、俺だけ無視されるのはいつもの事だったし、一緒に食べたくないからと食事を抜かれる事もままあった。 俺が死ななかったのはあまりに俺を無視する両親を見かねて面倒を見てくれた家政婦のフツコのお陰。 普通の人生を幸せに歩めるように親はフツコと名前をつけてくれたんですよ、とフツコは俺の頭を撫でながら笑った。 俺の名前は誰も付けたがらなかったからしょうがないと爺さんがつけた。 あんまり好きじゃない。 俺にとってはフツコが両親の代わりで、フツコが頑張れと言うから勉強をした。 部活もした、高校も行った、大学も行った。 フツコに育てて貰ったから親孝行もフツコにするんだと思っていたのに、恩を返す前にくたばりやがった。 その時は悲しいよりもなぜか悔しかった。 今は時々彼女を思い出して泣く。 しわしわで見た目は悪いけど、俺の頬に優しく触れる彼女の手はいつも温かかった。 彼女はいつも優しかった。 ただ悲しいと思うままにボロボロと涙を流す。 それはとても気持ちがいい。 彼女だけを思って、彼女の為に泣く、それはとても、気持ちがいい。 俺が死んで困ると言ったのは彼女だけだったから、あとは無為に生きて適当に死のう。 そう思っていた俺を引き止めたのは弟だった。 「兄さん、出て行く気?」 「行く」 「止めても?」 「行く」 一緒に暮らしていたけれど弟と話をしたのは数えるほどで、他人よりも遠かった。 勘違いしないで欲しいが、俺は弟を恨んじゃいない。 それに両親も恨んでない。 どうでもいいだけだ。 「行かないで」 「無理」 どこに居場所があるのかなんてわからないけれど、ここじゃない事は確かだ。 ここはただひたすらに居心地が悪い。 「どうやって生活するの?」 「ホームレスじゃね?」 「それこそ無理だよ」 無理なら死ねばいい。 フツコは怒るかもしれないけど、きっとその後で笑ってくれる。 弟は顎に手を当てしばらく考えると、まっすぐなまなざしを俺に向ける。 その顔は両親のいいとこ取りしたお陰か、端正な顔立ちをしているとその時やっと気がついた。 ま、俺にとって価値のある顔はフツコのしわくちゃの顔だけなんだけども。 「俺が住む場所を用意する」 「は?」 「株で稼いだお金がある、初期資金は両親に借りたけどそれももう返した。それなら兄さんも気兼ねせずに使えるでしょう?」 「それ、お前になんのメリットがあんの?」 「俺は、兄さんと離れたくない」 今までもくっついていた覚えなんて無い。 それにこんなにたくさん言葉を交わしたのすら初めてだ。 「何日かかる」 「急がせて、一週間」 「なが。……、5日だ、それ以上は待たない」 「うん!」 大きく頷くと携帯を片手にあわただしく去っていく。 どこに電話しているのやら俺にはわからんが、多分金の力で何とかするのだろう。 何とかならなかったらほったらかして出て行くだけだ。 どこまでも上目線で話していたのに弟は嫌な顔1つせず、俺に向かう視線には好意を感じた。 正直気持ち悪い。 なんで俺に好意を持つのか全然わからん。 「……変な奴」 この評価は今でも変わっていない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |