◆短編
獣人ペット2
牧場主に案内されてさまざまな小屋を巡りながら、牛の説明をしてもらう。
基本的な事でもあまりわかっておらず、牧場主の話には驚くばかりだ。
「確か獣人に雌はいないのだろう?」
「はい。遺伝子を組みあわせる段階で、どうしても雌の因子は弱くなってしまうんですよね」
聞きかじりだが以前聞いたことがある。
生き物のオリジナルは雌で変化したのが雄であり、純粋な生命である雌は外部的な要因を加えられると雄に変じてしまう、と。
なんだか雄の方が劣っているようで微妙な気持ちになったが、優劣の問題ではないらしい。
詳しい事は専門家ではないからわからないけれど、獣人が雄だけなら1つの疑問が沸く。
「雄のミルクどこから絞るんだ? やはり胸?」
「胸からも多少出るようになりますが、大半がペニスからです」
「それは……、汚くないのか?」
男性器といえば放尿や性交渉に使われる器官であり、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
牛が性交をした事がなかったとしても排泄をしない生物など存在しないだろうから、多少の嫌悪感を感じてしまう。
そんな私に気づいたのか、牧場主はうんうんとうなづきながら説明を続けた。
「確かに人間で想像すると多少の嫌悪感を感じる方もいるかもしれませんが、尿と違ってミルクは決まったタイミングにしか出ないから汚くないですよ。もちろん放尿はしますけれど、彼らは皆綺麗好きですから自分で綺麗にしますからね」
「その決まったタイミング、とは?」
「人間で言えばオルガズム、絶頂時にしか出ないんです」
「ん? ではミルクは牛の精液なのか?」
「牛は精液の変わりに陰嚢でミルクを作りますから、精液といえばそうかもしれません。ですが陰嚢で作られるのはミルクだけで繁殖用の精液は作られる事は無いですから、嫌悪感は少ないと思いますよ」
「ふむ、勉強になるな」
これから牛を飼う上でいろいろな知識が必要になるだろうと丁寧な説明を脳内に刻み込んだ。
どんなものでも知識は決して無駄にならないのがいい。
「牛を買っていったお客様は、ミルクを絞ってやるたびに気持ちよさそうな顔をする牛に満足感を得ておられるようですよ」
「それは、楽しそうだ」
自らの手でペットを可愛がれる。
それはとても素敵な事で早く気に入る牛を見つけようと、牧場を歩く私の足は心なしか速くなった。
***
「ん……、あそこは?」
「えっ、ああ……」
牧場主に小さな小屋を指差すと、彼は困ったような表情で帽子の上から頭を掻いた。
しかし偽ることはせず正直に私へと事情を話してくれる。
「あそこにいるのは引退させるか悩んでいる牛なんですよ」
「引退? ああ、年をとったという事か?」
年をとった獣人たちは政府が用意した広大な土地で自由に過ごせるよう処置がとられている。
だから私もその小屋にいる牛が年をとりミルクを出せなくなった為に、引退して政府に引き取られていくのだろうと思ったのだ。
だが牧場主は左右にゆっくり首を振ると、先ほどよりも低く暗いトーンで話始める。
「違うんですよ、あそこの小屋にいる牛は少々問題が多くありましてね。同じ年代の牛たちがピュア牛をとっくに卒業しているのに、あいつだけはいまだにピュア牛のままなんですよ」
「それはまたなぜ?」
「成牛はカプセルではなく男性器を模したモノの中に精液を入れて直腸吸収させるんですけどね、あいつは他の牛なら簡単に受け入れられるような大きさのモノでも酷く痛がって泣いてしまうんですよ」
多少無理にでもしてしまえばいいのではないかという考えが頭をよぎるが、牧場主が牛をとても可愛がっているのは私も感じていた。
そんな彼だから牛に無理強いを強いることが出来ないのだろう。
「カプセルでなんとか誤魔化し誤魔化ししてきたんですけどね、ミルクの量もあまり出なくなってしまったし、そろそろ引退のさせ時かなと思いまして。あいつはいいミルクが出ると思ったんですが」
軽口を言いながらも、彼の表情はとても残念そうにゆがむ。
いいミルクが取れない事ではなく、牛をきちんと飼ってあげられなかった事が残念だと言わんばかりの表情に、彼の牧場の評判が良い理由をなんとなく察した。
高価だと言っていたカプセルを牛に使い続けていた辺り、本当に可愛がって世話をしていたのだろう。
興味が、わいた。
「もしよければその牛を見せて貰えないだろうか?」
「えっ! あ、ええ、かまいませんけれども」
突然の提案に驚いたのか牧場主は目を真ん丸くしていたが、隠すつもりは無いのか私の提案も快く受け入れてくれる。
人の良さそうな笑みを浮かべると、どうぞと腕で小屋の方へと案内してくれた。
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