[携帯モード] [URL送信]

◆短編
キスの行方2
「眼鏡外せ」

「え、あ、うん」

俺の言葉に素直に従って眼鏡を外した秀は、視界が悪くなったからかいつもにも増して挙動不審だ。
不安を体言するかのように蠢く手を取ると安心させるために軽く握って上下に振った。

「落ち着け。なに慌ててんだよ、おめぇは」

「だって……、このままよっちん居なくなりそうなんだもん」

「居なくなる位ならもっと前に帰ってるっつの」

「……うん、そうだよね。よっちん、優しいもんね」

優しい。
俺の事を優しいと評価する人間は少ない、というか皆無だ。

暴力行為も平然とするし、柄も悪い。
長年友達をやっているゆっきーでも俺が優しいか? と尋ねられたら首を傾げるだろう。

俺の何が秀の琴線に触れてこんなに気に入られたのか未だにわからん。

「顔近づけろ、……ぶつけんなよ?」

「う、うん。こんな感じ?」

スッと近づけられた秀の顔はやっぱり綺麗だ。

普段は眼鏡の奥に隠れてしまっているけれどくっきりと二重の目元
わざわざ整えたわけではないのに形のいい眉毛
スッと通った高い鼻梁
外に出ない所為か白く透き通るようなきめ細かい肌
厚くもなく薄くもなく、ぷるんとして荒れた所など無い唇

「そのまま歯をぶつけないようにゆっくり近づければいい」

「うん、……あのね、よっちん」

「ん?」

「恥ずかしいから目を、瞑って貰ってもいい?」

「んあ、了解」

初めての恥ずかしい気持ちはなんとなく俺にもわかるので素直に従い目を瞑る。
暗くなった視界だとそれ以外の感覚が鋭敏になり、自分の吐く息の音すら大きく聞こえた。

秀の手が俺の肩を優しく掴んで、顔が近づく気配がする。
鼻が軽くぶつかってびっくりしたのか気配が遠ざかった、何やってんだ。

あ、でも珍しく諦めないらしい、また近づいてきた。
吐息が唇に触れてくすぐってぇ。

唇のすぐそばでムニムニと口を動かす気配がする。
何する気だろうかと考えてたら小さい水音を立てて口が開いた。

「……す、き」

恥ずかしい奴、何度も言わなくても知ってるよ。

微かな音を立てて秀の唇が俺の唇に重なる。
見えない所為か不思議なぐらい嫌悪感はない。

熱がほんの僅かだけ交差してすぐに秀の気配が離れていく。
ん? これで終わり、か?

「秀、目ぇ開けていいか、つか開けるわ」

「ま……っ、待って、まだっ」

なんだかくぐもった声で話す秀の制止を聞かず俺は目を開く。
室内の柔らかい光でも刺すようにまぶしく感じ、思わず目元を押さえる。

どうせ顔を真っ赤にして照れているのだろう秀を見てやろうと、指の間からその様子を覗いた俺の視界に飛び込んで来たのはハラハラと頬を大粒の涙で濡らす秀の顔だった。

「……、お前、なんで泣いてんの?」

「だって、よっちんと、キス、キスするなんて、俺、嬉しく、て」

グズグズと鼻をすすり上げながら秀はたどたどしい口調で言う。
ああ、鼻水まで出てやがる、きたねぇな。

部屋の中にティッシュが無いか見渡すが、他人の部屋の配置だからか見つからない。
ゴミ箱を探せばある気がするが、それがナニの用途に使われたのか考えると触りたくねぇ。
あー……、もう。

「んな事で泣くなよ」

袖を引っ張ると秀の鼻から垂れる鼻水を袖口でぬぐう。
汚いとは思うけどこんな状況じゃまともに話も出来やしない。

……いや、こいつとまともに話なんて出来た試しは無いか。

「よっちん、好きだよぅ」

「さっきも聞いた」

「だって言いたいんだもん、好き、好き、好き」

壊れたように秀は何度も同じ言葉を繰り返す。
それで俺の心がトキメイタリしたら感動的なんだろうけど、俺には秀の言う好きがいまいちよくわからない。

俺が朱美さんに抱いていた憧れが主成分の好きとは種類が違う、もっと純粋な好き。
その人の背負っている容姿や財産あらゆるモノを削った後に残る純粋な感情としての好き?
俺は詩的な人間じゃねぇから上手く説明できねぇけど。

「さっきの子供みてぇなキスで満足したのか? 安上がりだな、おめぇは」

「初めてだから優しいキスでいいんだもん、初心者は無理したら失敗するんだもん」

顔を赤らめて秀は口をむっとへの字にする。
いったいどうなったら上級者なのか詳しく説明してもらいたいもんだけど、きっとそこらへんは考えてないだろう。
しかし秀にしては珍しく謙虚な心構えだ。

「次はもっと大人のキスするもん」

「……次?」

おっかしいな、俺の耳変になったのか?
次とか意味不明な単語が聞こえたぞ。

「ねえよっちん、俺1人で出掛けたらキスして貰えて、次は何したら大人のキスをして貰える? ねえ、よっちん?」

前言撤回、謙虚さなんて欠片もねぇ。

本来なら俺の身を犠牲にしなきゃならん義理はない。
大体ご褒美欲しさにお使いを頑張るのが許されるのは小学生までだろうが!

考えてたら段々腹が立ってきた。
律儀に約束まで守ってキスまでして、結果がこれか、そうですか。

「調子に……」

「えっ、えっ、よ、よっちん、怒ってる? なんでなんで、えっ、なんで?!」

怒りでプルプルと震える俺に秀はオロオロするばかりで何の解決策も見出せない。
そうだ、こいつはそういう奴だ。

だけど今日、買い物にいける事は判明した。
つまり本気を出せば矯正出来るって事だ。

それなら俺がその根性叩きなおしてやる!

「乗るな、このボケが!!!」

「ハギャアアアッ!」

秀の頭を掴むと思い切り頭突きをかました。
自分の頭も多少痛いが問題ない、俺は石頭だ。

秀がどうだか知らんけど。

痛みでクラリと倒れかける秀を最後の情けでベッドの方に導いてやる。

「ふ、ふぉ……、ふぉおおお」

ぶつかった箇所を押さえて呻く声に多少溜飲が下がった気がした。
ざまあ!!!


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!