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◆短編
キスの行方1
強制矯正引き篭もりの続編になります。



「これ、これ見て、よっちん、ねえ見て、これ!」

「おう? なんだ妙にテンション高いじゃねぇか」

定期的に秀の家を訪ねるのが習慣になっている俺は、その日も当然のように秀の家に行った。

出迎えたのは珍しく玄関先で待っていたらしい、秀。
家の外は勿論、部屋の外に出るのすら嫌がる奴なのに自主的に玄関のそばまで来るなんて珍しい。
珍しすぎて明日は雨か。

「これ!」

「あん?」

差し出された小さな紙切れを受け取れば、それはなんの変哲も無いレシートで。
ペットボトルの飲料にアイス、きゅうり3本とキャベツにしめじ、綿棒?

「なんだこりゃ」

意味がわからず秀にレシートを返しながら尋ねると、興奮した口調で秀は語る。

「俺、俺、1人でスーパー行った! 行ってきた!」

「あ、これ、そのレシートか。すげーじゃん」

なるほど納得した、どおりで生活感があるわけだ。
綿棒なんて秀が使うとは思えないしな。

「でしょ?! 外凄く久しぶりで怖かった!」

外に出かけるなんてごく普通の事だ。
だけどそれは秀にはハードルが高くて困難な事なのも知っている。

きっと出来ないだろうと思っていたが、実際にこなしたといわれると母親のように感慨深い。
実際の母親である朱美さんはもっと感慨深いだろう。

「勿論1人で行ったんだよな?」

「うん! まともな服が無かったから通販で頼んで、それ着て買い物に行った!」

コクコクと阿呆のように首を縦に振りながら秀は嬉しそうに話す。
嘘をつける性格じゃないのは俺がよく知っている、自立の一歩を踏み出したのか。

「よっちん……!」

「んあ?」

「き、きき……」

「き?」

「……き、キスしてくれるんだよね?!」

「あ」

忘れてた。
そういえばそんな約束してたわ。

キスなんていまどき小学生だって照れない言葉で顔を真っ赤にした秀は、真剣な瞳で俺の唇を見つめてゴクンと喉を鳴らした。
うわぁ、わかりやすくがっついてる。

「秀」

「ははははははいっ!」

「あのな、玄関先でする話じゃないから部屋に行くぞ」

「あ……、う、うん。ごめんね、俺、緊張してて」

「わかってるわかってる」

適当に返事をすると、リビングでくつろいでいた朱美さんに挨拶だけしてから秀の部屋に向かう。
相変わらず換気の悪い部屋は空気が重く、嫌がる秀を放置して空気の入れ替えをした。

涙目になってたけど知ったことか。
多少の成長が見えたような気がしたが、やっぱり先は長いらしい。



「んで?」

「え?」

換気した部屋は落ち着かないらしく、部屋の隅でクッションを抱えて背中を丸めていた秀は俺の声に首をかしげた。
忘れたのか、なら好都合だから家に帰りたいんだけど……
駄目だろうなぁ、いくらコイツでも無かった事にはしてくれないだろう。

「キス。すんの?」

「する! したい、俺、よっちんとキスしたい!」

クッションを投げ出し俺の手を取ると、目を爛々と輝かせて秀は情熱的に訴える。
これが麗しい女性にした愛の告白なら、美男美女でなんとも絵になる光景だっただろう。

秀のルックスは申し分ないのだが、相方の俺がいけない。
顔立ちは悪くない……はずだが、小太りのチビだ。

(うーん、趣味が悪い)

母親である朱美さんは性格こそ気風のいい姉御肌の素敵な女性だが顔立ちは普通なので、秀の顔の良さは亡くなった親父さんに似ているのだろう。
秀がその気になって女を口説けばナンバーワンホストにでもなれるだろうに勿体無い。

「ど、どうすればいい?! 俺、目を瞑れば、ねえ、よっちん、どうしたらいい?」

「…………」

「ああ、よっちんのプルプルの唇が俺の唇と重なって熱と唾液と気持ちを混じらせるなんて……!」

「きめぇ! あと気持ちは混じらないから、俺の心に異物混入すんなよ」

「だってキスだよ! は、初めてだから緊張するよぅ」

そうだろうと予想はしていたが、やっぱりファーストキスか。
これだけの美男の唇が未だ未開の地だなんて、奇跡に近いのではないだろうか?
稀有、稀少、天然記念物。

(このまま保存しておきゃいいのに)

このまま理由をつけてバックレてやろうかとも思うのだが、約束した事を簡単に放棄するのは目覚めが悪い。
まあキスなんて一瞬だ、犬に噛まれるより痛くない分ましだろう。

俺より身長の高い秀にもキスしやすいように顔を少しだけ上向かせて秀の方を見た。

「ほら早くしろよ」

「へ……? よ、よっちんがしてくれるんじゃないの?」

「あ゛? 初めてなんだろ、記念だし自分でしろよ」

「で、でも、俺、俺……、恥ずかしいよぅ」

もじもじと身体をくねらせながら恥らう秀は正直に言ってものすごく気持ち悪い。
こればっかりは顔立ちの問題ではなく、成人男性がやるもんじゃないと実感させた。

「じゃあ止めるか」

「や、やだ! する! するから、俺がする!」

強い力で肩をグッと掴まれて内心びっくりする。
運動なんてした所を見た事はないし力も当然のように弱いと思っていたけれど、俺の肩を掴む力は意外なほどに強い。

本気を出せば振り解けるのかもしれないけれど、逆に言えば本気で振りほどかないと逃げられないという事だ。
小柄な分、俺の方が不利か。

「……よっちん」

「あ?」

このまま強引に押し倒されたら金玉蹴って逃げようと考えていた俺に、秀は弱弱しく小さな声でポツリと言った。

「どうやればいいのかわからないよぅ……」

あ、馬鹿だ。

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