◆短編
えるちゃん2(そらまめ)
「そらまめ」
「あい?」
小さな籠をそらまめの前に置くと、空っぽの中を指差して導く。
「この中に入ってみてくれないか?」
「いいですよー」
小さな手で籠の端を掴むと身体を転がすようにしてそらまめの身体が籠の中に納まった。
前もって計測はしていたが、どうやらサイズは大丈夫なようだ。
「ぶつかって痛いとかはない?」
「だいじょうぶです、ちょっとゆらゆらします」
プルプルと身体を揺らすと心地よさげにそらまめは笑う。
そらまめの手足が挟まれたりしないように編み目の細かい籠を選んで正解だった。
「ヴェルネリ」
「ウォンッ」
名前を呼ばれたヴェルネリは一声鳴くと俺のすぐ横で待機する。
教え込まれた行動とはいえ忠実に従ってくれるのは嬉しく、彼の賢さが誇らしい。
「『運べ』」
短い言葉だけの命令にヴェルネリは素直に従い、そらまめの入った籠を咥えて持ち上げる。
狩りの獲物を咥えて運ぶヴェルネリにとってこの程度の籠は重たくはないだろう。
「わ、わわわわわ」
持ち上げられて左右に揺れる籠の中でそらまめの手もジタジタと揺れる。
目で見た限りではそんなに揺れているようには見えないのだが、柔らかいそらまめの身体だとより揺れを感じてしまうのかもしれない。
そらまめの入った籠を咥えたヴェルネリがお座りをして待機する。
頭を撫でて褒めてやると、嬉しそうにヴェルネリは鼻を鳴らした。
「せどさま、これなぁに?」
「ん? ああ、そらまめが屋敷の中を自由に移動出来るようにヴェルネリに命令を覚えさせたんだ」
「いどー?」
くにっと身体を曲げるとそらまめは小首をかしげて不思議そうな口調で言う。
可愛い、とても可愛い。
「常に俺がそばに居てやれればいいんだが、仕事やら所要やらで家に居ない事もあるだろう? そんな時にはヴェルネリに運んで貰えばいいもちろん歩いてもいいんだが、そらまめは……、えっと」
はっきり言っていいのかと言いよどむ、事実は時として相手を傷つけるものだ。
だがそらまめはそんな俺に気づく事無くうんうんと頷くと、必死で言葉を探す俺にずばりと言い放つ。
「そらまめ、おそいですね」
「……うん」
そう、遅い。
短い足でちたちたと歩いている姿はとても可愛らしく和む様子だが、その足で歩くには屋敷は広くそらまめの歩みは遅すぎた。
自室から同じフロアにある食堂へ行くのでも俺の足なら数分もかからないのに、そらまめならおそらく20分はかかってしまうだろう。
階段を登るとなればなおさらで、自由に移動するのならば何らかの移動手段を講じてやらなければと思っていたのだ。
「そらまめがヴェルネリと会話出来るなら好都合だ。ヴェルネリにゆっくり移動するように『お願い』してごらん?」
「あい、やってみます」
こくんと頷きそらまめはヴェルネリに顔を向ける。
喋っているようには見えないがそらまめとの間に言葉が通じたのか、ヴェルネリはスッと立ち上がると美しい所作で俺の周りをゆっくりと歩いた。
「わぁい、えるちゃんありがとぉ」
始めこそ籠に慣れずに慌てていたそらまめだが、ヴェルネリがゆっくり歩いているお陰で揺れが軽減されたからか、籠の端から手をぷらぷらと動かしてとても楽しそうだ。
これでそらまめの移動に関しては何の問題もないだろう。
「じゃあそのまま部屋まで戻ろうか」
「んー……」
普段なら「あい」と返事をするはずのそらまめは、珍しく言葉を濁して小さな手で口元を押さえた。
何か不都合があっただろうか?
そらまめはヴェルネリの毛を軽く引いて何かを伝えると、地面に籠を下ろさせる。
そして入った時と同じように転がるようにして籠から出ると、とてとてと俺のそばまで歩いてきた。
「どうかしたのか?」
もしかして車酔いならぬ、籠酔い?
人間用の薬は効くだろうか?
どうしたものかと考え始めた俺の足元でそらまめは止まると、俺に向かって小さな手をパッと向けた。
……バンザイ? 高い高い?
「せどさま、だっこー」
「え?」
「だって、いまはせどさまいるから、はこんでもらうの、せどさまがいいです」
「かっ」
「か?」
――可愛いッ!
なんだ、この可愛い生き物は! 天使か!!!
小さいお手手をこっちに向けて抱っこをせがむとか、愛おしすぎる!
可愛らしすぎてズルイぐらいだ!
「せどさま?」
「……、なんでもない。じゃあ、部屋に戻ろうか」
ニッコリと笑って内心に荒れ狂う感情を押し殺す。
駄目だ、耐えろ、流石にこれは自分でもアウトだとはっきりわかるレベルの気持ち悪さだ。
柔らかな身体を抱き上げて腕に収める。
確かな重みと小さな手の感触に俺も慣れたらしく、なんとなく落ち着く。
「えるちゃんも、いっしょにいこー」
そらまめが声をかけるとヴェルネリは籠を口に咥え、後ろについてくる。
ちょっとだけ不機嫌そうに見えるのは気のせいではないだろう。
ヴェルネリに俺以外の命令を聞かせた事は無い。
おそらくそらまめは『命令』ではなく『お願い』をしたのだろうが、ヴェルネリは俺の命令以外で動くのが不満だったのだろう。
「ヴェルネリ」
「クゥ?」
口に咥えた籠の所為でくぐもった返事をするヴェルネリの毛を、そらまめを抱きかかえた腕とは逆の手で丁寧に梳いてやる。
「頼りにしている」
「…………」
今度は返事をせずそっぽを向いたヴェルネリだが、
「せどさま、えるちゃん、てれてるの」
どうやらそらまめにはお見通しのようだ。
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