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◆短編
えるちゃん1(そらまめ)
「えるちゃん、わぁい」

そらまめは小さな足でとたたたと走り、光を弾くサラサラの毛並みの犬に体当たりをした。
そうは見えないのだが、もしかしたら抱きついているのかもしれない。

えるちゃん……、ことボルゾイ犬のヴェルネリは表情を変えず俺の方をチラリと伺った。
このような扱いをされたことが無いので彼なりに慌てているらしく、どうするべきか俺の指示を待っているのだろう。

軽く手を動かして『そのまま』と指示を出す。
そらまめがヴェルネリに対して毛を引っ張ったり、叩いたりするようなら『逃げろ』と指示を出したのだが、どうやらサラサラの毛並みが珍しいだけらしく、そらまめは頻りにヴェルネリの毛を小さな手で撫でた。

「えるちゃん、さらさらー」

手で梳く度に細く色素の薄い毛が光を弾いて煌くのが楽しいようで、飽きる事無くそらまめはヴェルネリの毛を弄る。
完璧に訓練されているヴェルネリは、主である私の命令を完璧に遂行し、大人しくそらまめの好きにさせていた。

もともと同じ犬種の犬達と自由に遊ばせても、自分より幼い犬の面倒を見ている面倒見のいい性格のヴェルネリなので、そらまめとの相性は良かったのだろう。
これから任せようと思っている仕事に適任だと再確認出来た事に満足して俺は深く頷いた。

「そらまめ」

「あい?」

「ヴェルネリは気に入った?」

「えるちゃん、かわいいです」

よほど気に入ったのかヴェルネリのお腹に身体を預けてそらまめは幸せそうに目を細める。
小さな手が優しく毛を撫でる姿には確かな好意を感じた。

ボルゾイ犬は元々猟犬でヴェルネリも本来の役割は俺の狩りのパートナーだ。
しなやかではあるもののそらまめに比べたらはるかに大きい体躯からも可愛いだけの犬とは言いがたい。

親しみを持ってくれたのはとてもいいことなのだが、怖がってパニックを起こすかもしれないとまで想定していたので正直拍子抜けだった。

「そう、良かった。俺はそらまめが怖がるかとちょっと心配していたんだ」

そらまめはぴょこんと立ち上がると、プルプルと全身を横に揺らして否定する。
おそらく首だけ振っているつもりなのだろうけれど、柔らかい身体はつられて全身がプルプル揺れてしまい、とても気持ち良さそうに見えた。

「こわくないです。だってしょうにんさんのところ、いっぱいどうぶつさん、いました」

「そういえば……」

言われてみれば初めてそらまめに会った時も、商人は兎と蛇のキメラを連れていた。
商人の素性を深く調べた事は無いけれど、もしかしたら動物専門の商人だったのだろうか?

「えるちゃん、とってもいいこ」

「わかるのか?」

「あい」

全身を折りたたむようにしてそらまめが深く頷くと、それまで大人しくしていたヴェルネリが鼻先でそらまめの腹をつんつんとつつく。
その仕草は決して攻撃的ではないものの、命令外の行動に驚きを隠せなかった。

ヴェルネリが俺の命令以外の事を自分の意思でするのはとても珍しい。

「だめなの?」

「ん? 何が駄目なんだ?」

唐突にそらまめが言った言葉が理解できず聞き返すと、そらまめは俺の方を困ったような顔で見返した。

「えっと、えるちゃんがね、はずかしいからいっちゃだめだって」

「え?」

「えるちゃんがいいこなの、いっちゃだめーって」

「そらまめには、ヴェルネリの言葉がわかるのか?」

「あい。そらまめは、せどさまのことばも、えるちゃんのことばもわかるよ」

驚いた。
まさか人間の言葉を理解するだけではなく、動物の言葉を理解する事が出来るなんて、想像すらした事が無かった。

柔らかな身体に手を這わせ頭をゆったりと撫でてあげると、そらまめは目を瞑って口元をほころばせる。

「そらまめは賢いんだな、知らなかった」

「えへへー」

撫でるたびにたゆんたゆんと身体が揺れ、小さな足では支えきれずによろよろしてしまうが、そらまめは嬉しそうに撫でられていた。
身体の横でピコピコと忙しなく手が動き、楽しいや嬉しいといった感情が抑えられないようだ。

まるで子供のような仕草は微笑ましく、俺の心に暖かいものが広がる。
どうしてこんなに可愛くて、いとおしくて、大切なのだろう?

そらまめは両手で抱えられる程度の大きさなのに、ほんの少し微笑んだだけで俺のつま先から頭まで幸せにしてしまう。
自分でも驚くほどそらまめの存在が俺の中で膨らんでしまった。

まったく嫌ではないのだけれども、少しだけ気恥ずかしい。
まるで初恋に振り回される少年のように、好きな気持ちすら伝えられないでいる。

今まで自分が付き合ってきた女性達とは違い、純粋に好きの気持ちで向き合える存在がスライムだったのは誤算だが、指先から感じるそらまめの暖かさと柔らかさに触れていると細かい事はどうでもよくなってしまう。

「ほめられちゃったー」

撫でられた頭を触って確認しようとするそらまめだが、短い手では届かずこめかみ(といえるのかわからないが)の部分を手で撫でた。
そして小さな足をちょこちょこと動かしてその場でうごめき始める。

リズムも何もなく不恰好だが、もしかして踊っているのかもしれない。
洗練されてはいないけれど不思議な温かみのあるそらまめの踊りをヴェルネリと一緒に眺める。
退屈そうなヴェルネリとは裏腹に、俺はその光景を目に焼き付けようと真剣に見守り続けた。


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