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◆短編
狂信者は嗤う2
「俺……は、」

「帰る所がないんだな?」

ビクリと身体を揺らした男は頬にツゥと涙を零しながら、深く頷いた。

良くある話だ。
生贄にされる子供の多くは、金に困った親に売られてここに来たり、狂信者である親の子供として生まれてしまったが為に辛い運命を強いられる。

我が子供を元の世界へと直ぐ返さず、自分で生きられるまで養育してから返す1つの理由は、親が1番『子供にとって危険な存在』に成り下がってしまっているからでもあった。

子供が1人で生きていけるほど人の世は甘くない。
親が見つかれば自分を生贄にした親元に返されてしまう。

最悪返ってきた子供を親は殺すだろう、何故邪神の糧にならなかったのかと。
彼らはすでに狂っているのだから。

「何故帰れぬ? お前さえ望めば我の力で普通の生活が出来るようにしてやるぞ?」

「俺が、帰ったら…、妹が、殺され、ちゃ、う」

「妹?」

「親が借金して、どこかに、連れて行かれて、俺と妹が残されて、俺さえ我慢すれば、妹には手出ししないって、言った、から」

男の言葉は切れ切れで、妙に興奮したような上擦った声で息も荒い。
落ち着かせるために触れた胸元は激しく上下して過呼吸気味だ。

「少し落ち着け」

男の口元を手で覆い、荒い呼吸を落ち着けようとする。
震える身体の感触が手の平越しに伝わり、涙で濡れた頬はぬるりと滑った。

男は我に敵意がないと判断したのか、はたまた縛られたままの身体だからか暴れる事もなく、我の手を静かに受け入れる。
手に感じる呼吸の不規則な動きが、次第に規則正しく変わっていった。

しばらく待ってから手を離すと、男の瞳は大分正気に戻ったらしく確かな光が宿っているように見える。

「い、妹を守らないと、俺しか、もういない、から」

まだ声は震えていたが、意志の篭もった強い言葉に我は頷いた。

「うむ」

子供達にそうしてやるように、男の頭をすこし強めにガシガシと撫でる。
驚いたのか見開かれた瞳でポカンとこちらを見た男に、鮫のように尖った歯の目立つ口でニタリと笑った。

「お前は頑張ったのだな」

我の言葉の意味を考えていた男はしばらく口を開いたまま呆然としていたが、またボロボロと涙を零して泣き始める。
少し前とは違い、その涙は苦い匂いはしなかった。

優しさと勇敢さを感じさせる、爽やかな匂いは我の鼻に心地いい。
この男は良い匂いがする。

「さて」

男を縛っていた縄を爪で切って解くと、二の腕を掴んで立ち上がらせた。
身体を小さく縮こめていた所為か、男の足取りはフラフラと頼りない。
だがゆっくりしている時間も無かった。

「行くぞ」

「ど、こへ?」

「決まっている。お前の妹を迎えに、だ」

「えっ?! い、妹には何もしないで……!」

男は驚いたような声を上げて、首を左右にブンブンと振った。
どうやらまだ状況が理解出来ていないらしい。

「何もしなければ殺されてしまうかもしれないのにか?」

「殺され……!」

「お前を邪神の生贄に捧げるような奴らが本当に約束を守ると思っているのか? 男だからお前は生贄だっただろうが、女はもっと酷い仕打ちを受ける可能性があるぞ?」

「そ、そんな、そんなの……」

「我を信じろとは言わぬ。だがあの子供の笑顔でここが多少は悪くない場所だと信じては貰えんか?」

「あの、子供……」

先ほど我の背中に飛びついた子供の事を思い出しているのか、男は手を唇にあてて考え事を始める。

邪神などという怪しい生き物を信じるか。
裏切られたとはいえ同じ生き物である人間を信じるか。

我を選べば人とは違う生き方しか出来なくなるだろう。
例えこの場の記憶を消したとしても身体が違和感として記憶している。

人間であろうとすれば何の保証も無い生活をしなくてはならない。
男は両親を頼れないし、この状態では親戚であっても味方かどうか怪しいものだ。

どちらに転んでも平和ではないし、大きなリスクを伴う。
何を選ぶにしても、すべてはこの男の選択次第だ。


「俺は、あ、貴方を信じたい。……妹を、助けて、下さい」

男は我に向かって深く頭を下げる。
全身に不安と困惑の匂いを纏わせながらも、かすかに鼻をくすぐる希望の匂いを我は嗅ぎ逃さなかった。

全身を貫くような快楽が支配して、我の身体はゾクゾクと震えた。

(絶望の淵にあって希望の匂いを作り出せる稀有な人間! 素晴らしい)

これだから人間という生き物の可能性は摘み取れないのだ。
こんなにも我を昂らせるのは人間をおいて他にはいない。

「……お前も一緒においで」

「で、でも俺がいっても足手まといになる気が……」

妹の事は心配だが自分が足を引っ張るのではと心配している男に、両手の平を上に向けて軽く肩を竦めて見せた。

「仕方がないだろう、我の顔を見ると慣れない子供は泣いてしまって話どころではないのだから」

「あ」

男はハッとして我の顔を見てから、柔らかく笑う。
邪神の顔を見て笑うなど命知らずな人間だが、その表情は悪くない。

「行くぞ」

「はい!」

尖った爪で怪我をしないように手の平を男に差し出すと、男は我の手をギュッと握り頷いた。

手の平から伝わる温度は温かく、本来異形であるの我にはないものだ。
能力を使い作り出した温度とは違う柔らかな温かさと、我に対する信頼を感じさせた強い力を持った瞳に不思議な心地よさを感じた。

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あきゅろす。
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