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◆短編
狂信者は嗤う1
「またか……」

蠢く麻袋に我は眉を顰めた。
良かれと思ってしてくれるのは判っているが、こうも頻繁ではたまったものではない。

自らが信じる神への供物として贄を捧げる、その行為そのものを否定する気はない。
だが我は邪神だ。
おおよそ普通の感性を持つ人が信仰すべき存在ではなく、我の信者は大体歪み、狂っている。

それでも信仰は自由だ。
自分の心の赴くままに人でも物でも神でも自由に信ずればいい。

しかしこの麻袋の中で蠢く存在は、信者達とまったく無関係の存在だろう。

生贄に捧げられる者の殆どは幼く、神を理解しない子供が多い。
自ら望み食われる事を切望する者を喰らうのには全く躊躇しないが、母がいないと泣き喚く子供の泣き声は邪神である我の心を酷く痛めつけてくる。

「これで何人目だったか」

自分1人で生きられる年齢まで養育し、人の世界に返すという行為を繰り返して、どの位の人数の子供を育ててきたのだろう?
邪神としてあるまじき行為かもしれないが、邪神だからこそするべきではない行為をあえてする、という悪行。

(無理があるな)

自分でもわかっている、言い訳だ。

この指を軽く揺らしただけで数万人の人の命を簡単に刈り取れる存在だが、我は可能性の芽である人間を簡単に摘み取りたくはない。

見も知らぬ数万の命に我の心は痛まないだろう。
だがその人間が生み出すはずだった未来の可能性にはとても興味と関心がある。

一見無駄に見える人間の営みが、なんの役にもたたないと思える発明が、光が瞬くよりも短い命の時間が我には愛おしい。
自分が気の遠くなるような時間、その小さな生命を見守り続けた結果かもしれないが、狂っていようと歪んでいようと我は人間が好きだ。

フゥとため息を1つついてしゃがみこむ。
閉じられた麻袋を結ぶ硬い縄を指先の力でプツンと千切り、その中からなお一層丁寧に梱包された袋入りの人間を取り出すと中身を傷付けないように爪で切り開いた。

荒い目の生地とはいえこれだけ丁寧に包まれているとさぞ呼吸が辛いだろう。
小さく蠢いている者をガシと掴むと、袋の外まで引きずり出した。

「ひっ、い!」

「うん?」

子供、だと思っていたがどうやら違うらしい。
膝を胸につくほど曲げられてこれまた縄で拘束された人間は、身長だけなら人間に似た姿をとっている我よりも高いぐらいだ。

我からすれば性別など瑣末な事であるが、いままで育てた子供達の外見から察するに男。
怯えた表情でこちらを見る様子は子供達と変わりは無いが、きちんとした意志を持っているなら話は早いだろう。

暴れられると面倒なので縛ったまま男を壁に寄りかからせると顔をこちらに向ける。

「我の言葉がわかるか?」

「ぃ、ぎい、…ぃ」

正気をなくした瞳でこちらを見つつ、ガタガタと震える男の頬を軽く手の甲で叩きながら、なおも声をかけてみた。
焦る必要はない、我の時間は無限に近い。

「急いで言葉を口にしなくていい、ゆっくり息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着けろ」

人間に似た姿をとっているとはいえ、本来我は異形。
本当の人間である男からすれば我の存在は恐ろしいだろう。

「ラプター様ぁ!」

これはしばらくの時間がかかりそうだと考えていた我の思考を唐突に遮る幼い声。
小さな足音と共に背中に感じる重さにがくんと身体は揺れた。

緊迫したこの場に似つかわしくない朗らかな笑い声に、場の空気がパァッと明るくなる。
たかが子供、だが侮れない。

「ぬ? なんだ。今我は大事な用事をこなしておるのだ、あちらに行っていろ」

「やだぁ、遊んでー!」

我の服を掴んでグイグイと引っ張る子供の力は意外と強く、安易に振り払えば怪我をさせかねない。
我は力が強い分、その力の制御には細心の注意を払わねばならなかった。

それにしても子供は服だと思って容赦なく引っ張っているのだろうが、実際我の着ている服は変容した我の一部であり、的確に表現するのなら皮膚だ。
痛みは全く無いがグイグイと引っ張られる度に服を通じてこねくり回されるような不快感と、皮膚の下を直接擽られているようなこしょばゆさは居心地が悪い。

「んん? ラプター様、そのお兄ちゃんと遊んでるの?」

「違う。この男はお前と同じで無理やりここに連れてこられたのだ」

「そうなの? お兄ちゃん、ラプター様はすっごく優しいよ。私とも一杯遊んでくれるの! このリボンもね、ラプター様がくれたのよ」

男に見せびらかすようにリボンの結ばれた髪の毛を揺らす子供は、邪神を称する言葉ではない明るい単語を列挙する。

元の世界に返す時の為に人間の世界の情報も取り入れているのだが、その情報の中にあったお洒落をすっかり気に入った女の子供が欲しいと目を輝かせたからいけない。
団結力とでも言えばいいのだろうか、群れた時の女の力は我から見ても恐ろしい物がある。

「こ、こは……、何で、俺、こんな所に……」

男はガタガタと身体を震わせながら俺と子供を交互に見た。

「ふむ? 状況からわからんのだな。お前はここに生贄として連れて来られた」

「いけ、にえ……」

「理由など我は知らぬ、だが誰かがお前を贄にして我の機嫌を取ろうとしたのだろうな、迷惑な話だ」

「ラプター様は生贄なんて要らないのにね!」

「贄など貰った所で嬉しくもない。見た所お前は1人でも生きていけそうに見える、元の世界に帰りたいのなら送ってやる」

「俺は……」

青年は呆然とした表情で言葉を紡いでいたが、不意にポロポロと涙を流し始めた。
小さな子供が母を呼び泣き喚くのとは違い、様々な感情の混ざった涙は我の鼻に苦い匂いを感じさせる。

「おい、向こうへ行っていろ」

「ええーっ、でもぉ……」

遊んでもらいたいと愚図る子供の顔をジッと見る。
言葉は無いが我の真剣な表情になにかを感じ取り、子供は背中からピョンと飛び降りてコクンと頷いた。

「……これが終わったら遊んでやるから」

「うん、約束」

落ち込んだ子供の寂しそうな表情にパァッと明るさが戻る。
バイバイと手を振った子供は、こちらに来た時と同じように小さな足音を立てながら元来た方向へと走っていった。


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あきゅろす。
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