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◆短編
弱気なアナタ
「無理だよ、絶対無理! 僕には絶対無理」

大柄な男がその身を小さく縮め、クッションを抱きしめながら嘆く。
真っ直ぐ立てばおそらく身の丈2メートルは有るだろう巨体を丸くしている姿は、滑稽を通り越して多少恐ろしい。

額から生えた2本の角は立派なのに尻尾は情けなく下がり、しょぼんとしているようにすら見えた。
薄く開いた口の間から覗く牙の鋭さとは裏腹になんとも鈍い印象を受ける主人に執事のクシャはため息をつく。

「はぁ…、わがままを仰らないで下さい」

「だって僕が魔王様の側近になるなんて無理すぎるよ!」

「その魔王様が直々に貴方を指名しておられるのですよ、アインツ様」

「クシャが行ってよ、クシャの方がそれっぽい!」

確かにクシャの外見は銀糸の髪をさらりと流し、血のように濃い赤を下地に金色の光彩の混じった瞳で上級の魔族と言っても通用しそうな外見をしている。
なによりもその身に纏う落ち着きや、風格を感じさせる動きが彼の品格を上げていた。

「馬鹿な事を……。私では能力が足りず、彼の方の御前にすら立つ事を許されません」

「僕だって全然能力低いのに……、なんでだよぉ……」

「能力が低いなんてありえません。貴方は素晴らしい能力をお持ちですよ」

「だって……」

グズグズと泣き言を続ける主人にクシャの眉間に多少のしわが寄る。
しかし表情だけは務めて笑顔のまま。

「うぜ」

そして聞こえるか聞こえないかの小さな声でポツリと呟く。

「え?」

「いいえ?」

不思議そうな顔をする主人に過剰なほどニコリと笑う。
クシャの笑顔につられたのか、アインツもへらりと笑った。

(なんというしまりの無い笑顔だろう)

顔立ち自体は凛々しい部類にあるというのに、誰がどう見てもアインツ様=凛々しいという意見は出てこないだろう。

魔力や身体能力の高さは言うまでも無く、家柄も素晴らしい。
多少理解に時間を要する場合もあるが、頭は良い方だし何より彼は努力を惜しまない性格だ。

魔王様が側近にという理由はわかる。
彼を傍に置けば確実に治世は安定するのだから。

だがそのすべてを台無しにするのがこの弱気。

(それ以外は完璧と言ってもいいのに、口惜しい)

情けない所は多分にあるが、クシャはこの主人をとても大事に思っている。
魔族らしからぬ優しい所も、使用人達にも気を使える大らかな所も、自分が辛い時には我慢してしまう自己犠牲の強い所も、すべて。

「誰でも最初は初めてですし、何をするのも恐ろしいと感じるのは判ります。ですが貴方にはそれを成し得る力があると私は信じておりますよ?」

「クシャ……、本当に、そう思う?」

「はい」

「本当に、嘘じゃない?」

「はい」

「本当に、本当に、本当?」

「は、い」

ヒクリとクシャの口角が上がる。
何かを耐えているのか眉がヒクヒクと揺れ、笑顔が強張った。

「本当に……」

ブチンと何かが確かに切れる音がして、笑顔だった顔が一瞬で悪魔に変わる。
……実際悪魔なのだけれど。

「黙れ、尻尾を引きちぎるぞ」

「ヒィッ!」

ダラリと下がっていた尻尾が慌ててクシャから距離を取り、触れられない距離を保ってビンと立つ。
小刻みに震えるアインツは涙目だ。

「そんな状態でいいんですか?」

「え、え……?」

「そんな弱気だから好きな人に思いを伝える事も出来ないんですよ」

「かっ! 関係ないだろ!」

「関係あるに決まっているでしょう? 魔王様直々のお誘いにすらこの調子では、何事にも後ろ向きな貴方が告白なんて一ッ生無理です」

「無理じゃない!」

座り込んでいたソファーを倒すほどの勢いで立ち上がったアインツは、眼前のクシャをキッと睨んで意志の篭もった声ではっきりと言った。

「無理なんかじゃない、絶対伝える!」

「そう言ってもう20年ほど経過した気が致しますが?」

「う゛」

アインツのつり目がフニャリと勢いを失い、その表情が悲しげに歪む。
クシャはフゥと小さくため息をつくと、スッとアインツの頭に手を伸ばして頭をソッと撫でた。

本来なら失礼な行為のはずなのに、アインツはクシャのするままに頭を撫でられている。
その表情は少しだけ赤らんでいるように見受けられた。

「まずは自分の出来る事をなさいませ」

「魔王様の側近?」

「ええ、貴方なら出来ると私は信じておりますよ」

嘘偽りのない笑顔でクシャはにこりと笑う。
そしてクシャはアインツから少し距離を取ると丁寧な言葉遣いで挨拶をして深々と頭を下げた。

「行ってらっしゃいませ、アインツ様」

「……、うん」

首筋に空気の動きを感じ、弱気な主人がようやく覚悟を決めたのにクシャは胸を撫で下ろす。
顔を上げたクシャに、振り返る事無くアインツは声をかけた。

「クシャ」

「はい」

「……、ぅ……、…………っ! い、行ってきます」

「さっさと行ってらっしゃいませ」

明らかに何かを言おうとして諦めたアインツにクシャは勿論気がついていたが、主人の名誉の為に気付かないフリをする。
ガックリと肩を落として扉の向こうに消えたアインツの足音が聞こえなくなる頃、クシャは自身の細くしなやかな尻尾をゆらゆらと揺らしながら呟いた。

「告白されるのを待っている身も中々辛いものだな」

20年以上前からずっと答えを用意して待っている。
勿論答えはYESしか持ち合わせが無いのだけれども。


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あきゅろす。
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