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◆短編
白兎赤兎
俺達兎の獣人は長い耳が自慢だ。
俺の耳は細身だがピンとしていて気に入っているし、弟の『ライハ』の耳は体格に良く似て大降りの耳は見栄えのする白色でカッコイイ。

だが今弟はそのカッコイイ耳をダラリと垂らして、悲しそうな顔をしていた。

「俺はたしか晩飯の材料を買うてきてって頼んだよな?」

「う、うん」

「食うんか、それ?」

「だっ、駄目!」

ライハの腕に抱えられプルプルと蠢くそれに眩暈がする。
俺達は基本草食なのに本物のウサギなんて買ってきてどうしろというのだ。

「でも兄ちゃん、狭いカゴに入れられて売られてたんだよ! きっとあのままだったら食べられちゃったんだよ?!」

「だからってウサギを持って帰っても俺達には食べられんやろ!」

「でも! ……食べられたらかわいそうじゃないか」

キュッと強く抱きしめられたウサギは、俺達が争っているのかと交互に眺めてオロオロする。
明確な表情はわからないが困ったような雰囲気を醸しだすウサギに過去のライハが重なって、胸がギュッと締め付けられた。


思い出の中のライハはいつも悲しい表情をしている。


ライハは親に捨てられた子供で俺と出会う前数日間飲まず食わずで家に帰ろうと彷徨い続け、俺が見つけた時には辛うじて生きているような悲惨な状態だった。
幼い俺自身も自分1人で生きていくのが精一杯だったのに、死に掛けた男の子を助けたのは同族のよしみだったのか、それとも俺自身も寂しかったのか、あるいはその両方か。

草粥をコトコトと煮て殆ど固形が残らないそれをフゥフゥと冷まし、口の隙間から食べさせてやると男の子の口がムニムニと動いた。
意識はあるものの反応は薄く、視線はどこか遠くを見ていて少しだけ背中が冷たく感じる。

彼の視線の先に今まで自分が感じたことの無いほどの強い恨みや絶望、そして死が見えた気がしたからだ。

幼い身体は良く見れば細かい傷だらけで、化膿させないようにぬるま湯で丁寧に拭う。
まだ幼く無力な俺は少しでも彼から死を遠ざけようと必死だった。

身体の傷が癒えれば心の傷も癒えるのではないかと考える事で自分を誤魔化していたのかもしれないし、自分の出来る事をする事で自己を正当化しようとしていたのかもしれない。
とにかく人生の中で1番必死な時期だったのは確かだ。

自分で食事をとれるようになっても悲しそうな表情で外を見るばかりでまったく喋らない男の子に、俺はライハと名前をつけた。
理由は簡単、ライハを拾ったのがライ麦畑で葉っぱが青々としている時期だったからライハ。

呼んでも返事をする事が無い名前を呼び、味の感想を言うでもない食事を作り続け、うっすらと残っていた傷が消えかかった頃、

「……ありが、と」

視線だけで不安そうに俺を見ながら震える小さな声でライハが初めて喋った。
想像していたよりも大人しいトーンの声。
その声は俺の長い耳を優しく擽り、じわりと心に染みこんだ。

凄く嬉しくて、何故か恥かしくて、悲しくもないのに涙が零れそうになり、俺は慌てておどけた口調で誤魔化した。

「お礼なんて言わんでええよ。そんな事よりもっと一杯食って早く元気にならんと!」

見つけた時は血と土でゴワゴワだった髪の毛を優しく撫でる。
お湯の温度にまで注意して丁寧に洗い何度も何度も梳いてやったお陰か、ふわふわになった髪の毛は自分が頑張ってきた証拠のようで誇らしかった。

「贅沢はさせてやれんけどライハさえ良かったら、ここに居たらええ」

「でも、……僕、は」

まだ自分を捨てた家族に未練があるのだろう。
それも当然だ。
真実を受け入れるのには辛いだろうし、それが大事だったら大事なほど時間がかかるだろう。

「焦る事無い、ゆっくりで決め? 決まるまで俺の事を兄ちゃんとでも思ってたらええ」

「……う、ん」

そう言ってライハに笑いかけると、彼は躊躇いがちに笑った。
初めて見た笑顔はとても可愛くて、その笑顔を守りたいと強く、強く思った。

それは自分より身長が大きく立派になった今でも変わらない感情。


現実のライハはいつも困った顔をしている。


大体が俺を怒らせるような事をするからなのだけれども。

「兄ちゃん……」

ライハは半泣きでウサギを抱きしめてこちらを見た。
その視線は俺に必死で縋るみたいで卑怯だと思う。

はぁと深くため息をついた俺にライハはビクリと身体を震わせて、なお一層困った顔をする。
下がった眉毛があまりにも情けなくて、ライハの眉間を指でクイと押した。

「なんちゅー顔しとるんや」

「だって兄ちゃん、怒って、る?」

「怒ってへんわ、呆れとるけど」

「……ゴメン」

きっとこの後「でも」と続く。
俺にウサギがライハと重なって見えたように、ライハにはウサギが自分と重なって見えたのだろう。

このウサギを救うことで少しでもライハが楽になるならそれもいいか。

「自分で世話するんやぞ? 適当な事したら鍋にしてしまうからな」

「兄ちゃん! ありがとう……っ!」

パァッと現金なまでに表情が笑顔に変わった。
大概俺も情けない、この笑顔を見るだけで全てを許せてしまうのだから。

「本物のウサギは何食うんやろな? ん、ふふ、可愛らしい顔しとる」

撫でようと伸ばした手からウサギがススッと離れる。
勿論ライハに抱きかかえられているウサギが自分から離れられるはずもなく、離れたのはライハが離したからで……

「おい!」

「駄目、兄ちゃんは撫でちゃ駄目!」

「なんで? 撫でるぐらいええやろ」

「兄ちゃんは……、俺以外撫でちゃ駄目」

ライハの言葉にパチパチと瞬きをする。
頬を赤く染めて不機嫌そうにこちらをチラチラと見るライハは俺の反応を待っているようだが、俺の言うべきことなど決まっている。

「子供やなぁ〜! ウサギに兄ちゃん取られるって思うとるん?」

「ちっ、違っ! そういう意味じゃ」

「いや〜、ライハちゃんお子様ぁ」

「違うってば!」

慌てるライハの腕からするりと抜け降りたウサギが俺の足元にスリスリとすり付いて甘える。
抱きかかえて顎の下を掻いてやると、痒い場所を指に押し当てて掻いてくれと催促してきた。
どうやら中々賢い子のようだ。

「お前の飼い主アホの子や」

「も、もう! 何で判ってくれないんだよ、兄ちゃんの馬鹿!」

ライハはまた困った顔。
でも以前のような暗さは無くて、彼は今俺といることに幸せを感じていると実感できた。

その笑顔で俺も幸せになれる。

「そんならアホと馬鹿で丁度ええやろ」

笑った俺に、ライハは益々顔を赤くした。


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