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◆短編
そらまめさん2
朝食を終え簡易のベッドという名の柔らかなクッションのひかれた菓子鉢で眠るそらまめをつれて仕事用の部屋に移動する。
正直な所を言えば仕事なんてしなくても生活に何の支障も無いし、俺のしている仕事なんてしてもしなくても問題ない程度の物だ。

それでも仕事をするのは面子や外聞の為なのだろう。
あとは暇つぶし。

何もせずゆっくり過ごす方が有意義だとは思うけれど、そらまめも飼い主が何もせず無為に時を過ごしているのは恥ずかしいかもしれないし、背に腹は変えられない。

眠るそらまめの入った菓子鉢を慎重に机の上に置くと、うず高く積み重ねられた書類に手を伸ばした。
少し古くなった記憶を辿りながら書類を受け取った時の事を思い出し、脳内で書類の処理を組み立てていく。

「……やるか」

引き出しから取り出した仕事用の眼鏡をかけると、フレームを指でクイと押し上げた。
たまには真面目に仕事をするのもいいだろう。



「んぅ……、む?」

ペンの走る音だけが響く室内に小さな声が聞こえ、書類と睨めっこしていた俺はツイと顔を上げた。
まだ眠気が取れていないのか顔を手でコシコシと擦りあげ、意識をはっきりさせようとしているようだ。

「ん? 起きたのか、そらまめ」

「おき、た」

短い手を器用に振って体勢を変えると、そらまめは不安定な菓子鉢のベッドの上でゆっくりと起き上がった。
そらまめの体重が端にかかるたび菓子鉢はグラグラと揺れ、いつひっくり返るかと心配でいつでも支えられるように構えてしまう。

なんとかひっくり返る事無く無事に菓子鉢から降りたそらまめは、たどたどしい足取りで机の上を歩き俺を見上げた。

「おはよう」

「おは、よ……、ひうっ!」

悲鳴をあげ、ビクリと身体を揺らしたそらまめに、俺もビクリと身を震わせる。
怯えたように柔らかな身体をプルプルと揺らして、そらまめは俺からじりじりと後ずさった。

「え……、う?」

「そらまめ、どうかしたのか?」

「せどさま?」

セドリックという俺の名前を上手く言えないそらまめは、俺の名前をセドと略して呼ぶ。
何故それが疑問系なのかは判らないが。

「どうした、寝ぼけているのか?」

「せどさま、かおがちがうの」

「顔?」

その言葉に導かれるように顔に触れれば、指先がカツンと眼鏡に触れた。

「もしかして眼鏡で顔立ちが変わって見えたのか?」

「め、がね?」

「気になるなら触ってみればいい」

机の上に顎を置いてそらまめが触れられる位置まで顔を下げると、怯えさせないように動きを止める。
そらまめは意外と臆病なので1度驚くとしばらくプルプルしてしまうのだ。

まあ、それはそれで可愛いのだが。

ぴとり、ぴとりとそらまめの手が眼鏡に触れ、その形を確認していく。
縁を持ち上げ、ガラス部分をコンコンと叩き、ブリッジ部分を引っ張った。

するりと顔から離れていく眼鏡を視線で追いながら、その先に居るそらまめをジッと見つめる。

「あー、せどさまだー」

不意に表情をほころばせ、そらまめがニコリと笑った。
眼鏡が外れた事によって普段の顔に戻った事が嬉しかったのだろう、その表情はとても幸せそうだ。

スライムに表情がどの程度あるのかなんて知らないけれど、今、確かに、そらまめは笑った。

それよりも問題なのは、そのあいまいな表情に心臓を高鳴らせている俺で……。

「せどさま?」

首を傾げ俺の顔を覗きこむそらまめに、カチンと音を立てて心にピースが嵌った気がした。
それは実にしっくりと馴染み、まるで以前からそこにあった気すらする。

いや、きっとずっとそこにあったのだろう。
認める事が出来なかっただけだ。


この小さなスライムに恋をしているなど、認める事が出来なかっただけだ。


「……なんでもない。そらまめ、眼鏡を返して貰ってもいいか?」

「あい」

コクリと頷いたそらまめは、机の上に眼鏡を置くと少し距離を取った。
歩く度にふりふりと左右に揺れる尻が愛らしい。

眼鏡をかけながらそらまめの頭を撫でると手の感触が気持ちいのか、もっと撫でて欲しそうに手に身体全体を押し付けてくる。
少しづつ時間をかけて信頼を得てきた証拠だと思うとそれはとても誇らしい。

俺はそらまめに自分の気持ちを伝えるつもりはない。
正確に言えば今すぐに伝える気が無い。

そらまめに俺の気持ちを言った所で理解しないだろう、そらまめは幼い。
実際の年齢は知らないが、精神的に成熟していないのは確かだ。

物事の道理がわかっていない今のうちに騙す事も頭を過ぎったが、それはきっと俺の望む形ではないだろう。
俺は今の純粋なそらまめを大事にしたい。

……、今のうちにいい格好をして心象を良くしておこうという卑怯な気持ちが無いとは言わないが。

「さて、そらまめの朝食を用意して貰わないと」

「ごはん?」

「ああ、そうだ」

「くっきー?」

「違う。甘い物が好きなのはわかるが、野菜も食べないといけない」

「にがいの、やっ」

ピチンと高い音を立てて菓子鉢を叩いたそらまめは、きっと数日前に食べたピーマンを思い出しているのだろう。
同じ緑色なのにどうやら相性は悪いようだ。

「ちゃんと全部食べれたらクッキーを用意してやるから頑張れ」

「えぅ……、にがいのいやぁ」

ショボンと悲しそうに俯いたそらまめも可愛くて、思わず俺は微笑んだ。

好き嫌いせず一杯食べて早く大きくなるといい。
俺の愛をすべて受け入れても壊れないぐらいに大きく、大きく。

それまで俺は待っていよう、時間はたっぷりある。
暇を潰す為に仕事なんぞしてしまうほどにたっぷりと。


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あきゅろす。
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