◆短編
優秀な元部下1
四肢欠損表現あり
左手が痛む。
ずくずくと疼くように一定のリズムを刻む痛みに私は眉を顰めた。
だがそれはありえないはずの痛みだ。
先の戦で私の腕は左肘から先と右足は失われたのだから。
軍神とすら称えられた男はいまや、他人の支えがなくては生きる事さえままならない。
生き恥を晒している自分を鑑みて自嘲気味に笑った。
「隊長、どうか致しましたか?」
「なんでもない」
跪き忠誠を誓う姿勢で、かつての部下が心配そうに私の顔を覗きこむ。
真摯で真っ直ぐなその瞳に居心地の悪さを感じて私は思わず顔を背ける。
彼が忠誠を誓ったはずの騎士隊長であった私は既に無く、今は1人で歩く事すら困難な惨めな姿を晒すばかり。
他の部下は全員新しい上司につき私の元に訪ねるものすら疎らなのに、この男はあろうことか騎士を辞めてまで私の小間使いとして働く事を選んだ。
今まで貯めた金と国から貰った褒賞があるので生活に困らないとはいえ、彼のように将来有望な男を小間使いにする程の貯えはない。
騎士として勤めつづければかつての私と並ぶ……いや、私を超える騎士となっただろう。
惜しいと、そして悔しいと思う。
それが失ってしまった自分に対する感情なのか、未来ある部下がその機会を失ってしまった事に対する感情なのかははっきりしなかったが。
「少し休む」
右腕に身体を預けて寝転がろうとする私の身体を、彼の太い腕がスッと支えた。
硬く鍛えられた逞しい腕、かつて私にもあったはずで、今は無い筈の痛みを与えるだけの忌まわしい部位。
心がキシリと歪む音がした。
「おやすみなさい、良い夢を」
……酷く、惨めだ。
彼の視線から逃れる為に寝たフリをするつもりだったのだが、気づいた時には外は暗くいつの間にかぐっすりと眠っていたようだ。
よく寝ていた所為で彼は起こさなかったのだろうか?
身体を起こそうと自由になる腕を動かしてぎょっとする。
腕は一定以上動かないようになっていたからだ。
「な、んだ……、これは」
グッと腕を引いてみるもののぎっちりと結ばれたそれは容易に解けそうもなく、ギシリと軋んだ音を立てた。
幾ら私が衰えた身と言っても簡単な拘束が解けないほどではない。
これは訓練を受けた者が解けないように結んだ物だと直ぐに理解した。
(だが誰が何の為に?)
敵対する者が居ない訳では無いが、今や生き恥を晒して生きるのみの私にここまでする価値は見出せない。
それに恨みがあるのなら殺せば良いだけだ。
今の私には抵抗する術はない。
「……目が覚めましたか?」
考えをめぐらせていた所為で気が漫ろになっていた意識に唐突に声が掛かり、ギクリと身を震わせた。
聞き馴染んだ、……彼の声だ。
「これは、……お前が?」
「はい、他にこういう事をされる覚えがおありですか?」
「恨みだけは無駄に買っているからな」
「本当に貴方はおもてになられますね、……だからこそ」
「え? ……ぐっ!」
彼が私の身体を押さえつけると左肩に歯を立てた。
疼く痛みとは質の違う鋭い痛みに思わずくぐもった声を上げる。
「ん……、ちゅ、……は、ぁ、ふ…」
満足したのかゆっくりと離れていく彼の唇。
ツゥと銀糸のような唾液が彼の唇と私の肌を繋いだ。
「お前も私を恨んでいるのか?」
「恨む? そんな事は、……いえ、そうかもしれません」
「そうか」
それならば少しだけ安心した。
彼の人生をめちゃくちゃにしてしまった罪悪感が薄まった気がする。
それにしても騎士としての人生を捨てる程の恨みとはいかほどだろうか?
確かに彼が部下として働いていた時に厳しくしていたのは認めるが、別段彼だけ特別に厳しくしていた訳ではない。
むしろ彼は優秀で特に厳しくしなくてもメキメキ頭角を現していった。
いつか自分を越えるだろう事は誰の目にも明確だっただろう。
恨みだけで彼の栄華ある道を穢すのは惜しい。
「殺すくらいならここに置いていけ。放っておけば勝手に朽ちる、わざわざお前が罪人になる必要はない」
「殺す? 俺が貴方をですか?」
「違うのか?」
「違います、俺は……」
スッと近づく顔。
男らしく精悍な顔立ちにスッと通った鼻梁、眉毛は整えた様子もないのに整っていて羨ましい。
何をするのかとジッと見ていると、彼は困ったような表情で笑った。
「ん、どうかしたのか?」
「貴方があまりにも危機感がなさすぎて戸惑っていた所です」
「こんな身体では抵抗出来ないからな、法に触れない範囲で好きにするといい」
「本当に?」
「ああ」
「それが身体目当てでも?」
「あ……、あ?」
唐突な話題の切り替えに低く脅すような声が出た。
なんだどういう意味だ?
確かに酒も飲まないし健康的な生活をしてきたから臓器はそれなりの状態を保てているだろうが、加齢によって劣化もしているだろう。
使えるとはいい難い。
「気付いていないんですね、あれだけ露骨だったのに」
「言っている事がよくわからないんだが」
「はあ、他の奴らも皆気付いてやっとこの家にあまり来なくなったのに」
「ん、んん?」
かみ合わない会話に首を捻る。
核心をぶれさせた彼の言葉に私は焦れた。
「はっきり言え!」
「好きです! ……あ」
「……これはまた随分はっきりと」
「習性ですね、命令には条件反射で従ってしまうんですよ」
頬をうっすら赤く染めながら、彼は俯く。
照れているのだろう、まだまだ若者らしい面を見て内心で微笑ましさに苦笑した。
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