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◆短編
猿犬の仲1
「ワンちゃん、セックスしようぜ」

「断る、この発情ザルがっ!」

誘いの言葉をコンマ数秒の躊躇もなくバッサリと切り捨てられた。

黒いフレームの眼鏡と腕につけた黄色い風紀委員の腕章が似合うワンちゃんこと『犬宮 清志』は、その鋭い視線をさらに鋭くして俺を睨み、吐き捨てるように紡がれた言葉はあからさまな嫌悪感と敵対心を感じさせる。
俗に不良とか、ヤンキーとか言われる類の俺『猿谷 靖男』とワンちゃんの性格が合わないのは重々承知だ。
むしろ何度注意しても自分のやりたい事をやり続け、風紀を乱す俺とは敵対関係にあると言って過言ではない。

俺の態度を嫌っているのを隠さない態度と氷点下の視線に、ゾクリと腰が疼いた。
それがいい、たまらん。

「ツレないなぁ、俺はこんなに真剣に誘ってるのに」

「真剣だろうとふざけていようと、俺が嫌がっているのにしつこくするのは問題があるだろう! それに俺は男だ、間違えるな」

「んん? ワンちゃんが男だなんて初めからわかってるけど?」

身長だって俺と5cmぐらいしか変わらないし、目は黒目がちの瞳でつりあがっているからちょっと猫っぽいけれど、顔立ちだって別段女性的ではない。
どこからどう見たって立派なオトコノコだ。

「わかってるなら気色の悪い事を言うな!」

「わかった上で俺のチンポ突っ込ませろって言ってんじゃ……、ぅぐ、…っ!」

言葉は最後まで続かなかった。
俺の声を遮ったのは無慈悲で冷徹な一撃、その名も腹パン。
しかしそれは単純な腹部へのパンチではなく、俺の傷みを増す為にひねりまで入れたえぐいモノだ。

思い切り殴り付けられた胃が衝撃でひっくり返り、喉元まで食べた物がせり上がるが、グッと喉に力を込めて何とか堪える。
ズクズクと疼くような腹の痛みと嘔吐感で生理的な涙が眦に浮かび、鼻の奥がつんと痛んだ。

「ぃ、……ぉ、おま……本気で殴っただろ」

「正当防衛だ」

しれっと酷い事言いやがる。
俺は提案しただけで手は出してねぇじゃん、『まだ』だけど。

「次なにかやったら顔面にこぶし叩き込むからな」

俺に嫌悪を含んだ冷たい視線を浴びせつつ、ワンちゃんはクルリと踵を返した。
俺を拒絶するピンとノリの効いた制服の背中を見据え、俺は大股でワンちゃんとの距離をつめた。

「やってみろよ」

「ッ、なにを……ッ!」

襟首をクッと引っ張り体勢を崩したワンちゃんの腰を支えつつ、少しだけ露出した首筋に唇を当てる。
軽く汗ばむ陽気だった所為か、その肌はしっとりとしていて少しだけ塩の味がした。

「ぐ…っ!」

俺はクワッと口を開くと、その白く滑らかなうなじに思いきり噛み付く。
白い肌にクッキリと残った自分の歯形は新雪に足跡をつけたかのようにクッキリと残り、その存在に自分だけのモノであるマーキングをしたような錯覚を覚えさせた。

綺麗なものを穢す歪んだ快楽に、つま先から頭の先まで悪い快楽が廻る。
うっすらと血が滲んだ痛々しいほどに赤く残った歯型を労わるようにネットリと舌を這わせた。

「は、なせッ、クソザル!!!」

「っと、と!」

俺の腕をバッと振り払うと、ワンちゃんは何の躊躇もなく俺の顔面に拳を向ける。
間一髪で避けた拳が鼻先を掠め、直接食らったらしばらくは物を食べる度に痛かっただろう威力である事を物語っていた。

なおも追撃しようと足を踏み込んだワンちゃんから距離を取ると、べぇと舌を出して挑発する。

「ざぁんねぇん〜、はっずれ〜」

嘲りを含んだ俺の声にワンちゃんの眉間の皺は一層深くなり、口元はヒクヒクと収まらない憤りで震えていた。

「こ、の、変態が! 消えろ!」

「うっせ! 減るもんじゃねぇんだから一発やらせろ!」

「滅べ!!!」


・・
・・・

結局俺達は「またか……」とため息交じりに首を振った先生が強引に喧嘩を止めるまで、その場で殴り合っていた。
俺も顎にイイのを食らったが、ワンちゃんも腕を痛そうに抑えていたから引き分けだろう。
さっさと俺のモノになっちゃえばいいのに。




ワンちゃんとの初対面、はじめに目に入ったのは耳たぶだった。

その形のいい耳たぶにニードルをツプリと突き刺して、紅くて丸いルビーのような血がプクリと浮かぶのを想像する。
貫通する痛みに赤く染まった耳を舐め、舌を絡めてしゃぶりたい。
耳たぶなんかしゃぶっても精々塩味がするかしないか位だろうに、何故か口に含んで甘噛みしたい衝動に駆られた。

次に目に付いたのはその瞳。

一見つり目で鋭く怜悧な印象を与えるのだが、その実
黒目がちでクリンとした瞳は猫を思わせる。
冷たさと可愛らしさがアンバランスだが、意志の強そうな視線も相まって真面目な印象を受けた。

腕につけられた黄色い腕章にはデカデカと『風紀』の文字。
どちらかと言わなくても風紀を乱す俺にしてみれば、自分から近づきもしないタイプで、良くて遠巻きに敵対するか端ッから無視を決め込むかのどっちか。

それなのに、その耳たぶが、意志の強そうな瞳が、俺を捉えて離さない。

「なあ、アンタ」

「なんだ? ……なんだ、その格好は」

だらしなく着崩した俺の制服を見咎めてワンちゃんは眉を顰めた。
すっごく嫌そうな目モノを見る目で俺を見たワンちゃんに、感電したみたいに全身が痺れたのを覚えている。

「俺のモノになってくんない?」




「あー、いてー、遠慮なく殴りやがって」

「お互い様だろう、馬鹿ザル」

保健室で鏡を見ながら口元に絆創膏を貼る。
よく動かす場所だから直ぐにはがれてしまいそうだが、とりあえず血が止まるまで持ってくれれば良い。

ワンちゃんは保険の先生が用意してくれた湿布を捲り上げた腕に貼っているようで、片手で貼るのに難儀している。
先生は俺達の喧嘩にもなれたモノで、職員会議があるからと俺に鍵を預けて疾風のように去っていった。

「俺やるし、貸して」

捩れてくっついた湿布を引っ張ってはがすと、ワンちゃんの腕を取る。
痛みが無いように下から掬い上げるようにして持ち上げると、貼りやすい位置まで上げて手を離した。

「ん……、これでよしっと」

「助かる」

「い〜え〜」

ワンちゃんの傷に対しては100%俺の所為で礼を言われるような事じゃないし、逆に俺の傷はワンちゃんの所為だけれど責める気はない。
お互い殴り合ってるんだからどっちが悪いという事はないのだろう。

誰かに止められたらやめるのがルールの1つ。
だから今はもう喧嘩は出来ないし、しない。

「ワンちゃん」

「ワンちゃんと呼ぶな」

「『犬』宮だからワンちゃんで良いじゃん。なぁセックスしよう?」

「……口を開けばそればかりで、お前は俺を怒らせたいのか?」

「だって言葉にしなくちゃ伝わらないし、俺が視線でしたいって思ってもワンちゃん気付かないでしょ?」

「それはそうだが、そういう問題じゃないだろう」

「そういう問題だよ、俺は後悔したくないからしたい事は口に出す事にしてるんだ」

保健室の硬いベッドにごろんと転がると、シミのある天井を見ながらポツリと語る。
過去の記憶は口にする度、口内に苦味を残した。

「俺捨て子だったのワンちゃんも知ってるだろ?」

「……ああ」

割と有名な話しだし、俺も別に隠してはいない。
少し親しい奴なら皆知っているし、こういう話はひそひそと影ながらにでも伝わっていくモノだ。
気分が良い訳では無いがワンちゃんに詳しく説明しなくて良いのは助かる。

「両親が『ここでイイコにして待ってたらプレゼント買ってあげるからね』って去っていくのをジーと見てたのがトラウマでさ」

「それ、は」

「本当は1人にされるの怖かったし、泣いて置いて行かないでって縋りつきたかったけど、イイコじゃない俺は捨てられちゃうって必死で我慢してさ、でも結局イイコにしてても俺は捨てられちゃった」

「…………」

幸せな家庭で真っ直ぐ育ったのだろうワンちゃんは、何を言っていいのかわからず口を噤んだ。
そういうワンちゃんの誠実な所が凄く好き。

適当な耳障りのいい言葉で誤魔化してしまう奴はごまんといるのに、それをしないワンちゃんは優しい。

「引き取って育ててくれた爺ちゃん婆ちゃんは優しくて幸せだけど、どっかで捨てられた孫に対して引け目を感じてるのを知ってる。悪いのはクソみたいな両親と縋りつけなかった俺なのにさ」

爺ちゃんも婆ちゃんも両親の変わりに俺の事を一杯可愛がってくれたので、俺の幼少期は不幸そうな身の上よりもずっと幸せたったと思う。

爺ちゃんは俺が悪い事をすればゲンコツで叱ってくれたし、腰が悪いのにキャッチボールにも進んで付き合ってくれた。
婆ちゃんは毎日俺の為に美味しいご飯を作ってくれたし、病気になれば傍にいて頭を撫でていてくれた。

俺は彼らが大好きだ。
俺の事を不幸だという奴が居るけれど、ただ少し両親に恵まれなかっただけで俺は別に不幸ではなかった。

だけど、だからこそ。

「だからもう俺は我慢しない。欲しいものは欲しいって言うし、したい事は諦めない。諦めたら一生欲しがらないっていう気合で挑む」

天井に向かって拳を突き上げると、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
誓いのように、強く。

ワンちゃんをどうしても欲しいと思った。

隣に居て、1番傍に居て、手の直ぐ届く位置に居て欲しいとそう思った。

だから俺は手を伸ばす、声を出す。
我慢なんて絶対にしない。
完璧に拒絶されたとしても、後悔だけはしたくなかった。

「……卑怯だ」

「そう?」

「そうやって俺の逃げ道を無くす魂胆なんだろ」

「うん。俺のカワイソウな過去に実は優しいワンちゃんが同情しちゃうのは計算済み」

「最悪だな」

ワンちゃんが寝転がる俺の傍らに座って俺の顔を覗きこむ。
黒い瞳が凄く近くて吸い込まれそう、睫毛が意外と長いのは初めて知った。

「卑怯で最悪、……上等」

「開き直るな、馬鹿」

お互いに目を閉じる事無くゆっくりと顔を近づけ、触れるだけのキスをする。
切れた口端にピリッとした痛みが走るが、甘いキスにかき消されていく。

「お前みたいな卑怯で最悪な馬鹿にほだされて、恋人にまでなってしまった俺まで貶める気か?」

「だってやっと恋人になってくれたのに、ワンちゃんつれないんだモン」

「モンとか言うな、気持ち悪い」

「したい。1番近くでワンちゃんを感じたい。俺の匂いがするぐらい一杯抱きしめて、キスして、甘やかして、ドロドロにしてやりたい」

そう言ってワンちゃんの手を握ろうとすると、ワンちゃんの手はスルリと俺の手を避けて、俺の頭をぺチンと軽く叩いた。

「あたっ!」

「……段階を踏め」

「へ?」

「いきなり抱きたいとか、セックスしたいとか、一発やらせろとかそんな事を言い出すから……、か、身体目当てかと思った」

「なんでよ? だってただ抱くなら絶対女の子の方が柔らかいし可愛いじゃん」

「デリカシーが無い!」

「だってワンちゃんしなやかな筋肉だけど結構ちゃんと筋肉付いてるし、身体硬いし抱き心地は絶対良くないもん」

「お前は……!」

「だけどワンちゃんだから抱きたい」

「〜〜〜ッ!!!」

不意を突かれたのかワンちゃんの頬が見る間に赤く染まる。
恥かしさを堪えるのに噛み締めた唇は、プルプルと震えていた。

「ワンちゃん、俺のモノになってよ」

「これ以上お前のモノになってしまったら俺の分がなくなる」

「じゃあその分補充で俺をあげるから、交換」

ワンちゃんが欲しくないって言っても、全部ワンちゃんので受け取り拒否を拒否しちゃうんだけどね。

指を絡めて軽く握り、今度は深く唇を重ねた。
慣れていないのかたどたどしく動くワンちゃんの舌の動きを味わいながら、お互いに視線を交し合う。

キスをしている時でも目は閉じない。
大事な人から一時でも目を離したくはないから。

……ワンちゃんの可愛い仕草を一片も逃したくないから。


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