◆短編
手の中の神様
『貰った物にケチをつけちゃいけない』
そう教えられて育った俺だけど、今回ばかりは一言言いたい。
俺の手に握られたのは手の平にスッポリと収まるサイズのお守りで、1番目立つ箇所に嫌味なほど輝く金糸で書かれた文字は
『安産祈願』
「どうしろと……」
産めと言うのか、俺に。
ただでさえ浪人生で金もないのに。
軽く腹を撫でてみるが当たり前の如く腹に子供など居ない。
そもそも俺、男だし。
「はい、君親。これ学業成就で有名な神社のお守りなのよ、大事にしてね」
大学受験に失敗した俺に婆ちゃんが手渡してくれたそれは、見事なまでに学業成就とは関係のないお守りで、受け取った時はなにかの冗談かなと思ったほどだ。
でも自分の知る限り婆ちゃんは人を騙すような質の冗談をいう人ではないし、俺の事を凄く可愛がってくれている。
(多分間違えたんだろうな)
そう確信しつつも、俺は婆ちゃんに間違っているとは伝えられなかった。
だっていい事をしたと思っている婆ちゃんは凄くニコニコしているし、『これで絶対大丈夫だからね』と高揚した口調で語る婆ちゃんを悲しませるような事を言えるだろうか?
いや、言えない、言える訳が無い。
もし誰かがそんな事をしようものなら俺がぶん殴ってやる。
「勉強しろって事だよな、……頑張るか」
学業成就のお守りが無くたって自分が頑張れば婆ちゃんをガッカリさせなくて済むし、俺は大学に受かるしで一石二鳥だ。
何の問題も無い。
「お前もちっとは協力しろよ」
また勉強かとため息を吐きながら、俺はピンッと指先でお守りを弾いた。
『承知した』
「え?」
部屋の中には自分以外誰も居ないはずなのに、どこからとも無く低い声が響き、俺は辺りをキョロキョロと見渡す。
が、勿論部屋には自分の他に誰もいない。
「気の……、せい? 空耳か?」
それにしては明確に聞こえたような気がしたが、疲れているのだろうか?
『ここに居るぞ』
「や、やっぱり居る?! なんだよ、誰だよ、どこに居るんだよ!」
幽霊やお化けは苦手な俺は青褪めながら周囲に向かって声を張り上げた。
これで背後から襲われたら気絶する自信がある。
『ここだ、手の中だ』
「手の、中?」
言葉に誘われて恐怖に握り締めていた手の平を覗く。
手の中にあるのはお守りぐらいの筈なのに。
『ここだ』
俺の目に飛びこんできたのは、こちらに向かって小さな腕を振るお守りの姿。
お守りに、腕?
「うわっ、気持ち悪ッ」
『ぐふっ』
条件反射で床にたたきつけたお守りがくぐもった悲鳴を上げてプルプルと震える。
えっ、なにこれ、ホラー?
『い、……痛い』
いや、ギャグっぽい。
「へー、じゃあ神様なんだ」
何となく申し訳なくなって拾い上げたお守りは、意外にも寛大な心で許してくれた。
よかった、祟りとか怖いし呪われたらどうしようかと。
『元々はただのお守りだったんだが、長く持ち主が決まらずに100年程経過してしまって付喪神になってしまったのだ』
「つくも、がみ?」
『簡単に言えば長く使われた道具や生き物に宿る神だ。持ち主は居なかったものの、多くの参拝客の祈りを聞き続けた私にはいつしか神格が見に付いた』
「神様って一体何が出来るんだ?」
この小さなお守りに神様が宿っているなんて想像も出来ないが、人間では出来ない事が出来たら面白そうだ。
『主に願いを叶える事だな。勿論誰の願いでも叶えられる訳ではないし、努力を怠る人間の願いなど絶対に叶えない』
「うへ……」
耳が痛い。
実は最近勉強もちょっとサボり気味だった。
『君親は祖母殿の気持ちを無駄にしてはいかん』
「はい、反省しております」
小さなお守りに説教をされ、俺は思わず神妙に頷いてしまう。
やっぱり日々の努力が大事だよな。
『しかし時代は変わったな』
「そう? でも100年も経てば……」
『男でも子を産みたいと思う者が居るだなんておもわなんだ』
「は?」
唐突に合わなくなった会話に俺は首を傾げる。
何故いきなり子供が云々なんて話になっているんだ?
『身体は十分出来ているようだし、これならいけるか』
お守りは身体全体をくねらせてピョンピョンと器用に俺の身体を登ると、何かを確認するように俺の腹を撫でた。
服の上からコショコショとした感覚が伝わり、思わず身を捩る。
「うひっ、くすぐったい!」
『ふむ、他人に触れられる感覚にも慣れておらんか? それならば少し慣らしてやろう』
刹那、目の前が真っ暗に変わる。
突然の事態に驚くが、どうやら目の前を何かで遮られているらしい。
何かって……、何?
「え?」
遮るものがなにか確認しようと顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、あからさまに人ではない雰囲気を纏った男だった。
人ではないなんて何故わかるのかと聞かれたら説明が出来ないが、この雰囲気を肌で感じれば判るだろう。
決して小さくない俺よりも15cmほど身長が高い所為もあるだろうが、ただそこにいるだけでその存在に圧倒される。
「身体に触れるのなら、こちらの身体の方がやりやすいからのう」
低く耳朶を嬲る声には聞き覚えがあった。
それもその筈、先ほどまで話していた相手だったからだ。
「お、お前……、さっきのお守りか?」
「む? そうか、姿が変わるとわからんか。力弱くも私は神だから姿など如何様にも変えられる」
ほれ、と近づけた顔はドキリとするぐらい綺麗で動揺してしまう。
通った鼻梁に涼しげな目元、きりっとした眉に品の良い唇。
どのパーツを見ても今まで自分が見てきた人の中で1番美しく、まるで絵で描いたように現実味が無い。
恐る恐る頬に手を伸ばして触れると、指先にじわりと温かさを伝えてくる。
元がお守りでも温かいんだ、なんてどうでもいい事が頭を過ぎった。
「ふむ……、祖母殿の為にも私が一肌脱ぐか」
「もしかして勉強を教えてくれるのか?」
「勉強?」
何故そこで疑問系。
婆ちゃんの期待を裏切らない為にも自力で頑張ろうと思っている。
もし神様の力とやらで合格させる気でも断るつもりだ。
「……何をするつもりだ?」
「知れた事、私は安産祈願の神だぞ?」
「男の俺が産める訳ねぇだろ」
「もちろん可能だが?」
「へ?」
お守りが当たり前の事を言うように何気なく紡いだ言葉に素っ頓狂な声が出た。
「か、可能なの?」
「勿論。だが女ならともかく男の君親では制限がかかる」
「制限……、っていや、そもそも産まないから!」
「私のように神格を持たないと孕まないだろうな」
「そ、れはお前が俺に突っ込むっていう」
背中にびっしり鳥肌が立ち、尻の穴がキュッとなった。
ありえない場所を狙われる恐怖に身体が全身で拒否をする。
それにこんなでかい男に突っ込まれたら絶対裂けてしまう。
どこがとは言わないが間違いなく裂ける。
恐怖に後ずさる俺の腕を強引に引いて引き寄せると、お守りは俺の耳元で甘く囁いた。
「神との性交は凄まじい快楽だぞ?」
「ん……っ!」
そして言葉と共に耳朶を軽く噛んだ。
耳を噛まれたはずなのに零れた声は欲に濡れた声で、自分でも驚いてしまう。
でも信じられない事に噛まれた耳朶は、つま先から頭の先まで痺れる程に気持ちよかったのだ。
「うそ……、だろ」
それをきっかけに発情し始めた身体は、ズクンズクンと疼いて俺を攻め立てる。
直接触られた訳でもないのに下肢が酷く熱い。
「素直になればこの世で1番の快楽を教えてやろう」
美しい顔をニヤリと歪めてお守りが笑う。
あまりの妖艶さに身体は期待でヒクリと揺れた。
この強烈な誘惑に、俺が耐え切れたかは神のみぞ知る。
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