◆短編
超合金の悩み事2
客人を見送り、戻った部屋から忽然と博士は姿を消していた。
とはいえ博士の居所など、私には手に取るように判る。
元々博士は自分の部屋に閉じこもって作業ばかりしていて、食事すら自室で取る事が多い。
以前『外に出て日に当たる生活をしないと身体に悪い』と言ったのだが、博士は『では人工的に日光を浴びたのと同じ状態にする装置を作ろう』と斜め上の返事をした。
それほどまでに自室に執着する理由が私にはわからないが、なにか拘りがあるのだろう。
……生みの親が引きこもりだとは思いたくはない。
コンコンと扉をノックするがヘソを曲げたのか返事はない。
私の横長の視界には確かに博士の熱源を捉えているし、部屋にいるのは間違いないのだが。
遠慮する間柄でもないので、静かに扉を開くと定位置に座った博士が愛用のクッションを抱きしめていた。
あれもそろそろ洗濯しなければ。
「裏切り者」
口を真一文字に結んだ博士は恨みがましそうな瞳で私をキッと睨んだ。
「裏切ってなんていないじゃないですか」
「いーや、裏切ったね! あの青年に味方して私を貶めようとした!」
「では私に博士の言葉に絶対服従の人工知能を入れればいいでしょう。そうすれば貴方に意見する事もありません」
今度は私が博士をジロリと睨む。
機械仕掛けの私の瞳はジ、ウィィと硬質な音を立てた。
「別に……、そんな事は望んでいない」
「私にとっては口を噤む事も、自分を無くす事も同じです。その上博士に裏切り者と言われた私が傷つかないとお思いですか?」
ハッと顔を上げた博士は、嫌味を言ったこちらがビックリしてしまう程に悲しげに歪んでいる。
根は善良な人だから、悪人にはなりきれないのだろう。
「ゴメン、……ゴメン、エース」
博士が私の太い胴回りに腕を回し、コツンと額を擦り付けて小さな声で謝る。
そこまで怒っていた訳でもないのだが、素直な博士に心に生まれていたモヤモヤも霧散した。
(素直な人だなぁ)
兄弟達にするように博士の頭を撫でる。
力を入れすぎて傷付けないよう慎重に触れた博士の髪の毛は少しゴワゴワしていた。
またお風呂に入るのをサボったな、この人。
「実は2つのボディを1つの精神で使う個体は、粗方完成している」
「そうなんですか? もしかしてこんな事があるかもしれないと想定していたとか?」
「そんな事私が想定する訳ないだろう、趣味だ」
胸を張る博士に、少しだけ頭が痛い。
立派に利益を出して人を幸せにしているのだから凄い人なのだとは思うが、やはりどこか変な人である。
「でも気に食わなくて未完成なんだ」
「その個体を見せて貰っても構いませんか?」
「ああ、いいよ。地下だ」
博士は机の脇から鍵の束を取り、すっと立ち上がった。
その背中を追うように私も後に続く。
シャランと音を立てた鍵達のように、私の心も高鳴っていた。
その個体が完成すれば私にまた兄弟が増える。
それは平和な日々の中で大きな変化だ。
変化は恐怖を伴うが、その変化に足を踏み出せば大きな喜びも生み出す。
変化は同時に痛みも生み出す事もあるが、それでも私は変化を愛し、楽しんでいる。
博士が私に、兄弟達に心を作ってくれて良かったと本当に心から思った。
狭い地下への階段を転がり落ちないように慎重に下りる。
自分だけならボディの凹み程度で済むだろうが、前を行く博士を巻き込んだらぺちゃんこにしてしまう。
地下独特の篭もった匂いのするそこは博士の趣味で様々な実験が行われており、全て表情に出てしまい秘密なんてない博士の唯一謎な部分だった。
勿論博士は隠しても居ないから言えば見せてくれるのだが、私自身この部屋に踏み込むのは数年ぶりだ。
カチンと鍵穴が硬い音を立て、ギィイィと扉が開く。
「わ……ぁ…、」
私は思わず口元を押さえた。
呆然、という表現があっているだろうか?
そこに居たのは今まで育ててきたどの兄弟よりも美しく、人間と見紛うばかりの美しい個体だった。
「凄い、こんな繊細な固体初めて見ました。髪の1本1本まで本物と変わらない細やかさだし、肌もとても瑞々しい」
「だけど未完成だ、気に食わない」
「こんなに素晴らしいのに何が気に食わないんです?」
「こんなもんじゃない! もっと、もっっっと美しいはずなんだ、もっと素晴らしいはずなのに。こんなんじゃ本物の足元にも及ばない」
熱く語る博士の目には、燃え滾るような情熱を感じさせた。
どうやらモデルが居るらしいこの個体は、博士の愛が詰まっているようだ。
「こんなに美しい人が居るんですね?」
「うん? こんな人間は存在しないが?」
「えっ、だって博士が仰ったじゃないですか。『本物の足元にも及ばない』って」
「これは君だ、エース」
「…………はい?」
聞き間違いだと思いたいが、私の耳はとても良くて利き間違いは認められない。
「どんなに頑張って技術の粋を集めても、繊細な意匠を凝らしても、今の君の美しさの足元に到底及ばないよ!」
シャツの胸元グッと握り、芝居がかった動きで訴える博士。
自分に酔っているのか、それとも実際に酒でも飲んで酔っているのか。
ここにジャネットが居なくて良かった。
居たらきっと収拾がつかなくなっている。
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