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◆短編
ビーズの思い出
思い出の中に残る自分の中で1番綺麗な時間。

俺の家の隣には同じ年の可愛い幼馴染みが住んでいた。
遊びに行くのも、ご飯を食べるのも、昼寝をするのもいつも一緒。
傍に居るのが自然だと思っていた。

凄く好きだった。
だから幼い俺は幼馴染みの小さな薬指に、

「俺と結婚してください」

とビーズ細工の指輪を嵌めた。

赤い唇と
桃色に染まった頬。

コクリと頷いた幼馴染みをこの世で1番可愛いと思った。
この世で1番好きだと思った。



ところで月日というのは残酷なもので。

「あ゛? なんか言ったか?」

「ぅ、ううん、なんでもない」

幼馴染みは俺より身長こそ低いものの男らしく成長した、喧嘩なら俺より強い。
実に残酷である。

子供だった俺らは性別なんかわかってなくて、ただ好きだから一緒に居ると結婚の約束を交わした。
母親達は「男の子同士じゃ結婚できないのよ」と笑って俺らに告げる。
もちろんのように反発してそんな事はない一緒に居ると声を荒げてみたが、今現在も同性での結婚は認められてはいない。

(幼かったなぁ……)

しみじみとかつての自分を思い返す、どう贔屓目に見てもアホの子だ。

人生初の挫折は俺から積極性を奪い、かつて幼馴染みにプロポーズした勇気はどこかに行ってしまった。
少女と見紛う如く可愛かった幼馴染みも今ではすっかり男以外の何者でもない。

変わってしまった、……筈なのに


俺は何故か今も、この幼馴染みが可愛くて仕方が無いのだ。

「あたっ」

「ぼんやりしてんじゃねぇよ」

「だ、だからって蹴らないでよ」

「蹴られるようなお前が悪い」

べぇと出した舌の赤さにドキリとする。
誘うように赤い舌の表面はヌラリと濡れ、指でなぞりたい衝動に駆られた。

(実行したら絶対に殴られるだろうけど)

「あー、腹減ったー」

「あー、うん。今日体育あったしね」

「弁当だけじゃ足りねーよな」

確かに弁当だけでは放課後には腹がキュウキュウと切ない音を立てるのは事実。
しかし彼はお昼まで待ちきれず、2時間目と3時間目の間の15分休みに菓子パンを貪っていた気がするのだが。

「あれ? そういえば今日おばさん居ないんじゃなかったっけ?」

「そう。つかお前んちの母ちゃんと一緒に小旅行だろ」

「家は居ないのが普通だからなぁ」

幼い頃の俺のように積極性に溢れた母さんは、暇になると旅行・スポーツ・食べ歩きと、とにかく家に居ない。
父さんは慣れているのか、諦めているのやら

「母さんは元気だなぁ」

なんて暢気な事をのたまう始末。
まあたまに家に居る母さんに違和感を感じるようになってしまった俺も大概だ。

「おばさん居ない間はご飯どうするの?」

「作るに決まってんだろ」

「えっ?!」

意外な答えに過剰に驚いてしまう。
俺は全然家事を出来ないので、きっと彼も同じだと思っていたのだ。

「作れるの?」

「そんなに手のかかる奴は無理だけど、とりあえず食えるものは作れる」

「へぇ……」

エプロンをつけて台所に立つ幼馴染みを妄想し、口元をにへと緩ませる。
うん、いい、有りだな。

「お前んちは?」

「今日は父さんも出張だし店屋物かコンビニ弁当かな」

「もったいね、家で食ってくか?」

「いいの!?」

「たいしたモンは出てこないけどな」

否、たいしたモノだ。
何せ彼が作った料理は、絶対にこんな状況でなければ食べられないのだから。

それにしても2人で食事……。

(なんか新婚みたい)

考え方が気持ち悪いのは百も承知。
だけどこんなに幸せな事は滅多にないので噛み締めておこう。

見慣れた隣家は普段おばさんが迎えてくれるのとは違い、今日はシンとして何故か緊張する。
カチャカチャと金属の擦れる音がしてドアが開いた。

「どーぞ」

「ありがとう」

足で開いてくれたドアをくぐると自分の家ではないのに自宅に帰ってきたような気分になる。
嗅ぎなれた匂いの所為だろうか?

ふと彼の足元にキラリと光る何かを見つける。
なんだろう? と伸ばしかけた手が『それ』を視認した瞬間ピタリと止まった。

「どうした?」

「……これ」

そっと手の平に『それ』を乗せると、幼馴染みに見えるように手を差し出した。
それはあの懐かしいビーズの指輪。

指先で摘めるぐらいの大きさのそれは、かつて宝石の変わりになると思ったほどに輝いていた筈なのに、今ではくすんで見る影も無い。

(これでプロポーズなんて本当に子供だったんだなぁ)

当時は真剣だった。
そして今も、もう1度彼にこれを渡したらまた頷いてくれるだろうかなんて考えてしまう程度には真剣。

「う、わっ!」

「えっ!」

広げた手の平を彼が押さえ、俺の手からビーズの指輪を奪い取る。
突然の彼の行動にびっくりして顔を上げて、2度目のびっくり。

赤い唇と
桃色に染まった頬。

あの日見た、1番綺麗な光景を再現したみたいに…、いや月日を経てなお一層美しさを増した光景にコクリと唾を飲んだ。

あの日以来すっかり無くなってしまった勇気と積極性。
だけど今奮い立たせないと絶対に後悔する。

興奮で乾いた唇をゆっくりと開いた。


「俺と結婚してください」



・・
・・・


返事は言葉でも頷くでもなくて、混乱した彼からのストレートパンチだった。
これでもOKらしいです。

すっごく痛いけど、これが現実だってわかるからちょっと幸せ。
夕飯に作ってくれた麻婆豆腐がとてつもなく染みたけど、凄く幸せ。

彼が隣で笑ってくれるから、この世で1番幸せ。

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