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◆短編
魔法の絵の具
絵を描くのが好きな俺が『それ』を手に入れたのは必然だったのかもしれない。

魔法の絵の具と書かれたそれを何気なく手にとって値段を確かめる。
魔法なんて謳っている割に現実的なお値段だ。

金の無い俺にとって値段というのは重要だ。
何せ明日からのおかずの量に確実に響いてくる。

「欲しい色も入ってるし、これでいいか」

悲しいかな、質より量。
今は良い物で描くよりもとにかく量を描きたい。



魔法の絵の具は確かに魔法の絵の具だった。
描いたリンゴは魔法のようにキャンバスからその場にコロリと飛び出し、ふわりと甘い匂いを漂わせる。

触れてみればまごう事なきリンゴで、恐る恐る齧ってみれば瑞々しい味が口一杯に広がった。
絵の具の味がしたらどうしようと思ったが、凄く美味しい。

「描いたら本物になる……、って事か?」

俺の拙い絵では実際のリンゴとは似ても似つかなかった筈なのに、本物のリンゴになった。
もし、これで、人間を描いたら……。

仄暗い欲望に背筋がゾクリと震える。

誰に言った事もないけれど俺は同性愛者だ。
自分でもそれが人と違う事はよく理解している。

俺はこの事をずっと隠していた。
誰かにこの事で馬鹿にされるのも、からかわれるのも、避けられるのも嫌だったから。

勇気が無いと言えばそうなのだろう。
それでも人と違うと認めるのは辛い。

(でも、もし、この絵の具で描いたら恋人が出来るなら……)

コクリと唾を嚥下して、俺は筆をギュッと握った。


絵の具は本当に、魔法の絵の具だった。



赤の絵の具で描いた恋人は情熱的。
俺が恥ずかしい位熱く甘い言葉で囁く。

キスも情熱的。
熱い舌がて歯列をなぞり口内を撫で上げる。
口の端から漏れる吐息は荒いのに、それすらすべて奪うみたいな激しいキス。

青の絵の具で描いた恋人はクールで知的。
俺の知らない事でも一杯知っている。

ベタベタくっついて一緒に居るのは好きじゃないみたい。
でもたまに俺の髪の毛を指先で弄びながら嬉しそうに目を細めている。

好きって言うと「そうか」なんてつれない返事をする癖に、頬は少しだけ赤い。
これが所謂ツンデレだろうか?

黄色の絵の具で描いた恋人は明るい。
その楽しげな笑顔を見てると凄く元気になれる。

でもちょっとだけキス魔。
ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスは優しくて凄く好き。

緑の絵の具で描いた恋人は優しい。
俺が失敗をして落ち込んでると隣に座って撫でてくれる。

彼の醸しだす雰囲気が優しくて、傍に居ると凄く落ち着く。
大きな腕で抱きしめられると無条件で甘えられた。

紫の絵の具で描いた恋人はセクシー。
色気のある視線で見られると、何故だか落ち着かない。
でも不思議と嫌じゃなかった。

俺を後ろから抱きしめて、首筋に歯を立てるのが好き。
その度に恥ずかしい声を上げてしまって、彼を喜ばせてしまう。
少し、虐めっ子。

白の絵の具で描いた恋人は純真。
白で描いたのに具現化するとは思わなかったので、凄くビックリした。

好きとか恋とか愛とかをちゃんと理解していないらしく、ただ俺にくっつきたがる。
甘えられると悪い気はしないので、撫でて上げると柔らかく笑んだ。

黒の絵の具はちょっと怖いのでまだ描けていない。
だってほら、なんか凄そう。



様々な絵の具を使い、様々な恋人を生み出した。
でも彼らは数日、もしくは数十日で消えてしまう存在らしい。

そして俺にとって楽しい時間を残してくれるものの、その誰にも深い情は抱けなかった。
嫌いじゃない、好きだけど、こう、……違う。

(自分に都合のいい存在過ぎて変)

贅沢を言っている自覚はある。
だけど1度感じた違和感は消えなかった。

(本当に自分の欲しかった恋人はこういう事なのかな……)

使いすぎて少なくなった絵の具のケースをカラカラと振る。
しばらく考えて、俺はいつものように筆を握った。



「出かけんぞー」

「おまっ、自分だけ準備終わらせたからって急かすんじゃねぇよ!」

出掛ける前だというのに2人でギャアギャアと騒ぎあう。
お互い口は悪いけど本気で貶しているわけではないので安心して欲しい。

彼は俺の恋人で、ちょっと情熱的で、ちょっとクールで、ちょっと明るくて、ちょっと優しくて、ちょっとセクシー。
あまり純真ではないけれど、そういう面も多少はあるだろう。

様々な色を少しづつ合わせて描いた彼は、なんとも俺の思い通りにならない恋人だった。
むしろ恋人ではなかったが、一緒に過ごす内に少しづつ打ち解けて、初恋の時みたいにドキドキしながら告白して、初めてみたいなキスをした。

様々な要素を持ち合わせる彼は普通の人と変わらない。
他の色の恋人では全くなかった我儘さまで持ち合わせている分マイナス。

でも、凄く好きだと思う。
傍に居て、こうして軽口を叩き合って今凄く嬉しい。

そしてもう3ヶ月一緒に居るけれど、彼は消えない。
何故かなんて俺にもわからないけれど、それは魔法の絵の具の力なのだろう。

「ったく、折角デートなのにまた絵だろ……」

「いいじゃん、俺の趣味なんだし。嫌か?」

「お前が楽しそうなのは嫌じゃねぇけど、描いてる間俺は放置じゃん」

「じゃあ今日はお前を描いてやるよ」

乾いた絵筆で肩を軽く叩くと、その言葉に気を良くしたのか彼は嬉しそうに笑う。
存外単純な所は可愛い。

「じゃあありのままカッコよく描けよ?」

「ちょっと割り増しカッコよく描いてやる」

お互いに笑い合いながら俺達は部屋を出た。

魔法の絵の具はもう無いけれど、きっともう必要ない。
もう魔法の絵の具が無くても俺には自分の描きたい絵がかける。

きっと今日描く絵は、人生で1番幸せな絵だ。


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あきゅろす。
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