◆短編
世界が終わるなら
「世界が終わるなら何する?」
小学生かと思うような唐突な質問に、馬鹿馬鹿しいと言う事は出来なかった。
なぜなら実際に世界は終わりかけているから。
観測外に突然表れた巨大な隕石は地球に衝突コース。
避けられるはずもないし、ぶつかれば地球は跡形もなく吹っ飛ぶだろうと言うのが科学者の見解。
お偉いさんは宇宙に逃げる算段を立てているらしいけれど、止めた方がいいと思うのは俺の見解。
だって仮に生き延びたとしても、宇宙で生きる術を持たない人間にとってそれは、緩やかに死が訪れるのを待つだけの拷問に思えた。
華やかに短く生きたい訳じゃないけれど、苦しみながら死ぬのは怖い。
死ぬ事は、怖い。
「世界が終わるなら……、貯金使い果たしたかったなぁ」
「あー、わかる。でももしかして滅びなかったらとか考えちゃうと使えなかったなぁ」
「そうそう、こんな時なのに超保守的」
「そこはほら、日本人だから」
「わかるわー」
夕日の差し込む教室で話す内容は馬鹿らしい。
だけど楽しい。
学校なんかとっくに機能してなくて、部屋の中には俺とコイツの2人だけ。
皆思い思いの最後を過ごす為に行動している。
俺の両親もいけなかった新婚旅行の変わりに2人で出かけたいと連れ添って出掛けた。
俺にも『一緒に行くか?』って聞いてくれたけれど、俺は断った。
母親はしつこく誘ってきたけれど、父がやんわりと止めた。
旅行よりも、家族よりも、優先したいものが俺にはあったから。
「高校3年になって教室3階になって辛ぇーと思ってたけど、こうやって高い場所から見る夕日は綺麗だよな」
「確かに辛いよなぁ……」
「ちょ、おま、夕日夕日。俺が折角いい事言ったんだから反応してよ」
「……、いつもと変わらなすぎて世界が終わるとか実感沸かねぇ」
「…………」
「この夕日もいつも通りなのにな」
放課後の少ない電車を待つ時間、窓際の席にみんなで集まってトランプ。
いつの間にか白熱した大貧民は待っていたはずの電車を数本逃す程に楽しかった。
世界が終わるなんて思わなかった。
永遠にこんな日々が続くと思ってた。
くだらない事で笑い合い、どうしようもない事で盛り上がり、意味のない事で怒ったり泣いたり、そういう時間がずぅっと続くんだと、思っていたのに。
「……明日世界が終わるなら」
「うん?」
「恋、とかしてみたい」
夕日が赤く染めた部屋の中、俺の顔は赤く見えないといい。
……コイツが何にも気付かなければいい。
「そりゃ世界が終わる前にしか出来ないな」
「だろ? 告白して返事とか、怖いじゃん」
「でも両想いだったら勿体無くね? もっとデートしたかったーとか、エッチしたかったーとか思っちゃいそう」
「両想いだったら幸せな気持ちのまま死ねるじゃん」
「あー……」
コクコクと頷くコイツの顔はちょっとお馬鹿っぽい。
でもその素直な反応が凄く俺には羨ましく思えた。
「世界終わりそうだけど告白しないの?」
「やだよ、明日世界が終わるって確証がないと出来ないよ」
「それって一生出来ないじゃん」
「うっせ、バーカ!」
ケタケタと笑い合い何気なく夕日を眺めた。
もう直ぐ日が落ち今日が終わる。
最後かも知れない、今日が終わる。
「帰るかー」
「だな」
勉強道具の入っていない鞄を持ち、重い腰を上げた。
電車も運転してないから自転車で帰らないといけないのが少しだけ面倒だ。
校門の所まで出るとここでお別れ。
俺は家まで自転車で50分、コイツは徒歩で10分。
あれ、なんでコイツ大貧民で時間潰してたんだろ?
「なあ」
「うん?」
不意にかけられた声に顔を上げる。
逆光で少しだけ暗いけれど、その顔色は少しだけ赤い。
もうすっかり夕日も落ち着き、頬を染めるほどの強さはないはずなのに。
「明日、世界が終わらなくても言いたい事がある」
「……うん」
「うん、それだけ。じゃ、また明日」
満足げに頷いて踵を返した奴に呆然としたまま手を振りながら、俺の心臓は早鐘を打っていた。
ああ、どうか明日世界が終わらないで。
実際に世界は終わらなくて。
冗談みたいな話、宇宙人とか出てきた。
隕石は自家用車で俺達からするとロールスロイスとかみたいな、ちょっと豪華な部類らしい。
そして新婚旅行と来たもんだ。
悪意とかない宇宙人は地球に衝突前にちゃんとブレーキを踏んで『衝突しなくて良かった』と去っていった。
なんともお粗末な顛末。
・
・・
・・・
「おはよー」
「はよっす」
顔を見合わせてウヘヘと笑う。
なんか物凄く気恥ずかしい。
「あのさー」
「うん」
「昨日の事なんだけど、あの」
「好きだ!」
「はっ、えっ、……ちょ、おまっぁああああ、先に言うなよぉおおおおっ!」
「うっせ、早い者勝ちだ!!!」
やっぱり、恋をするなら世界が始まる日がいい。
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