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◆短編
銀の首輪と金の首輪
※残虐表現あり






ジュウ…と何かが弾けるような音がして肉が溶ける。
目の前で人間だったモノが、正体を無くしていくのをぼんやりと眺めていた。

不思議と恐怖はない。
それ所か酷く満たされた気分だ。

「これで満足か?」

背後からかけられた低い声に振り向く事無く、俺は首を振った。

「まだ、全部溶け切るまで見ていたい」

「構わん、瑣末な差だ」

声の主は俺を急かす事無く、ゆったりとした声で話し、笑う。

男は悪魔だ。
突然俺の前に現れて、唐突に契約を持ちかけた。

『お前の望みとひきかえに、お前の魂を貰う』

と。

俺は即座に自分の魂を懸けて契約し、いま目の前で溶けている人間を殺してもらう事を依頼した。
この人間は俺の……、いや、もうどうでもいい。

終わった事だ。
そしてもう直ぐ全てなくなる。

カランと音を立てて骨が床に転がると、一欠けらも逃がさない不定形の生き物が骨にしゃぶりついた。
ジュウジュウと炭酸が泡立つ音がして骨がどんどん溶けていく。

猫にするみたいに不定形の生き物に手の平を差し出すと、プニュリとした感触と冷たさが指に伝わった。
透明な体内では骨が溶けているのに、俺の指は溶けないのが不思議だ。

スリスリとすりつく不定形の生き物の感触が気持ちよくて、表面を撫でてやると嬉しそうに身を震わせる。
表情も何もないけれど、妙に可愛い。

「変わった人間だな、以前見せた人間は恐怖で失禁したぞ?」

「これ? 全然怖く悪くないよ、表情もないし可愛い」

「そうか、だが体内で物を溶かしている時に指を入れると溶けるぞ」

「へー……」

「……試そうとするなよ?」

男の声は少しだけ呆れを含んでいる。
別に試す気はない、……ちょっと興味があっただけだ。

不定形の生き物が体内で骨を溶かし終わると、両腕で抱えて悪魔に渡す。
プルプルの感触の生き物は気持ちよくて離れ難いが、飼い主に返さなければ。

「ありがとう」

「別に礼をいう必要はない、契約だからな」

「それでもありがとう、俺じゃ出来なかったから」

俺は弱い人間だから倫理的にも物理的にも人を殺す事は出来なかった。
日毎に増していく澱んだ感情に、自らの死を選ぶ事すら考えていたが、彼のお陰でそれをしなくて済んだ。

これから自分の魂がどんな使い方をされるのかは知らないけれど、とりあえず今は満足している。

「魂って何に使うの?」

「なんだ? 今更拒否しようとしても契約は遂行された。逃げられると思うなよ?」

悪魔は鋭い眼光を更に釣り上げて俺をキッと見下ろした。
今まで全然気にしていなかったが、この悪魔は凄く綺麗な顔をしている。

自分の貧困なボキャブラリーでは表現しきれないが、悪魔というのは皆こんなに綺麗なのだろうか?

「いや、ただ単に興味」

「ふむ……。魂は様々な使い方をするので一概に何に使うとは言えない。通貨の代わりにもなるし、悪魔によっては食べる」

「万能なんだ。じゃあアンタも俺を食べる?」

それも面白そうだ。
魂を齧られたら痛いのか、試してみたい。

「私は飼うんだ」

「飼う? 籠に入れて?」

「それもいい、特注の籠を作ってやろう」

「割と悪趣味なんだな」

「お前の魂は紫の輝きの中で黒く澱んでいて酷く魅力的な色をしている。誰もが欲しがる極上の魂だ、美しく飾り立てて飼ってやる」

男は悪魔らしい表情を浮かべると、俺の顎を掬うように持ち上げニヤリと笑んだ。
よくわからないが自分の魂が有効活用して貰えるようでなによりだ。

「ん?」

指にフニフニとした感触が伝わり視線を下ろすと、不定形の生物が指に身体を絡ませていた。
どうやらコイツも歓迎してくれるらしい。

「これって使い魔とか召喚獣とか?」

「いや、兄だ」

「兄?!」

「腹違いだがな、何処となく似ているだろう?」

不定形の生物と悪魔を交互に見てみるが、全く似ている所が見つけられない。
形から色からなにもかも違いしか判らなかった。

兄と言われた不定形の生き物が悪魔に向かってプルプルと身を震わせると、悪魔はウンウンと頷いて楽しそうに笑う。

「それはいいな」

「な、何……?」

「きっと銀色の首輪が似合うとさ。俺は金色の方が似合う気がするが、紫なら銀の方が栄えそうだ」

「ふ、ふぅん」

悪魔の兄弟達は俺の飼い方で盛り上がっているらしい。
俺には兄の言葉は全くわからないが、弟には通じているようで実に楽しそうだ。

「わかった。了解だ」

「何か決まったのか?」

「ああ、お前の童貞は兄が食べて、処女は私が頂く」

「い゛」

尻の穴がキュッとした。
愛玩用じゃなく性処理用のペットか。
俺みたいに可愛くもない奴を飼うのも抱くのも気がしれない。

「骨の髄まで快楽で蕩ける程、可愛がってやろう」

悪魔は唇を紅く色付いた舌でペロリと舐めた。
色気を感じさせる悪魔の仕草に心臓がドキリと跳ね上がる。

男とか女とか関係が無いほど綺麗な生き物。

俺を抱く事で彼らが満足するならそれでもいいか。
元々拒否権はないし、彼らには恩もある。

(痛くないといいなぁ……)

ぼんやりとそんな事を考えながら、兄と弟が差し出した触手(?)と手を取った。
意外な程優しく握り返されて、ちょっとだけ笑う。

(そういえば、笑ったのなんて何時以来だっただろうか?)



その日俺の存在は元居た場所から完全に消え、もう2度と戻る事はなかった。


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あきゅろす。
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