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◆短編
秘密の部長さん1
※人によっては不快になる要素があります。



私には人に言えない秘密が1つある。


「部長……、それ」

私の方を見る部下の顔は青く、自分からでは見えないがきっと私の顔も青い。
部下はその長く形のいい指をプルプルと小刻みに震えさせながら私の胸元に向ける。

普段なら着たままなのに、何故今日に限って上着を脱いでしまったのか。
何故今日というこの日に限って空調が壊れ、汗をかいてシャツが透けていたのか。

自分の不運を呪いながらも誰の事も責められない。
迂闊な私が1番悪いのは骨身に染みてわかっている。

「ブラ……」

「言うな!」

言葉を発しそうになった口を手の平で塞ぎ、聞きたくない言葉を遮った。

全くもって彼は悪くない。
こんな状態に巻き込んでしまって悪かったと思う。
だが言うな。

「……わかりました」

「すまない」

素直に引いてくれた事に安堵しながらも、頭の中では明日からどうするか、辞表はどうやって書くんだったかを巡らせる。

(ああ、もう、何でこんな事に……)

40を過ぎて再就職とか考えるだけでも胃が痛い。
今オフィスに残っているのが彼だけなのが唯一の救いだ。
だがそもそもこの部下が仕事で失敗した為、尻拭いに付き合って残業している所為でばれたのだから、救いとはいい難いものがある。

(いやいや……)

弱い心が全ての責任を彼に押し付けようとするのを何とか堪えて心を静めた。
失敗は誰でもするものだ。

そう、まさしく今の私のように。

部下は拳をグッと握ると、気合をいれるような仕草で腕を動かした。
その表情は溌剌として明るく、先ほどの事はもう気にしていないようだ。

「部長の女装癖は誰にも言いません!」

「違う!」

勘違いするのも無理はないとわかっている。
が、変態扱いされるにしても、その誤解だけはといておきたい。

「あれ、違うんですか?」

体育会系独特の素直な熱血漢といった印象を受ける部下は、子犬のように小首をかしげた。
女性だったら庇護欲を擽られる仕草も、同性である私にとってはもうちょっとしっかりしろと言いたくなる仕草だ。

「今更隠してもしょうがないし、女装癖と思われるのも勘弁だから言ってしまうが」

「は、はい」

「私には……、む、胸がある」

「はい?」

聞き返した部下の気持ちは良くわかる。
私だって自分が言われたんだったら絶対に聞き返すだろう。

「今でこそ痩せているが、学生時代の私は太っていた。それで虐められる事は無かったが、やはり太っている事はからかいの対象になるからコンプレックスだったんだ」

「ああ、確かに体型で弄る人っていますもんね」

私はコクリと頷いた。
遊びの延長上で腹をプニプニとつつかれたり、食事をしている所をジロジロと見られたり、気分のいいものではなかったのは確かだ。

「高校の3年、大学に入る前にと受験と並行してダイエットを敢行した。というか勉強のストレスが溜まる度にジョギングをしていただけなんだが、元々が太っていた為面白いほど痩せた。それこそ病気を心配され親に病院に連れて行かれたほどだ」

親には病院に連れて行かれるし、学校では虐めを心配されるし、受験のストレスかと周りにも噂された。
だが私にはそれが確かな手ごたえとして感じられ、もっと頑張ろうという活力になったのだ。

「努力が目に見えてくれたお陰でジョギングは趣味になり、その結果平均体重を切り、腹筋が割れ、完璧な肉体を手に入れた。……ように見えたんだ」

「もしかして胸だけ残ったんですか?」

「そう。とはいえ服を着てしまえばわからない程度だし、胸筋だといえばそうも見えるくらいだから私も気にしていなかったんだが、問題が起きた」

「問題……?」

「な、なんか……、こう、下がってきた、ような」

身振り手振りを加えてなんとか決定的な言葉を避けながら説明する。
部下は、ああ!と大きく頷いて、私が明言を避けようとしていた言葉をずばりと言い当ててしまう。

「垂れてきたんですね!」

「はっきり言うな!!!」

泣くぞ。
割と本気で。

「す、すみません。でも年齢である程度はしょうがないんじゃないですか?」

そう、加齢は誰にでもあるもので、逃れられないものだ。
でもだからと言って、努力もせずに諦められるものか!

「男なのに胸があるだけで屈辱なのに、その上垂れるなんて許せる訳ないだろう!」

「部長は美意識が高いんですね」

「美意識が高いかはわからないが、太っていたあの頃には戻りたくない。絶ッ対にだ」

40を過ぎた今も体型維持には気を使っている。
趣味になったジョギングに合わせて、運動が足りないと思えばジムにもいく。
食事も出来る限り自分で作るようにしているし、一生懸命調べたのでカロリーの事にも詳しくなった。

今の自分は、自らの努力の結晶だと胸を張って言える。
張らんでいい胸は腫れているのだが。

「それにしたってブラジャーはないですよ」

至極もっともな意見に言葉をグッと詰まらせた。

「普段は家で使ってるんだ。今日は偶々朝に遅刻しそうになってつけたまま来てしまって、外して持ち歩く訳にもいかないし」

「それでつけている内につけている事を忘れてしまったと?」

「う……、そ、そうだ」

いつもならサラシを使って下から支えるようにして垂れるのを防いでいるのだが、やはり餅は餅屋と言うしブラジャーを使ってみた所、使用感はとても良かった。
なるほど世の女性が使う訳だと良くわからない感動を覚えたのは記憶に新しい。

「…………」

「どうした?」

急に無言になった部下は無遠慮に私の胸元を見つめ、目を数度瞬かせる。
不躾な視線に晒されて隠すように身を捩る私の胸元を指差して、部下は信じられないような事を口にした。

「部長、触ってみてもいいですか?」

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あきゅろす。
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