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◆短編
桜の下
美しくも妖しい色香を漂わせる孤高の桜。
様々な逸話があるらしく、昼間でも人が近づかないその場所に深夜俺が近づいたのは、月明かりに照らされてとても綺麗だから傍で見たいという単なる好奇心だった。

そして俺は、

夢が音を立てて崩れる音を初めて聞いた。
それはもう、ガラガラと激しい音を立てて。



「数十年ぶりのお客様! ここ誰も来てくれないから寂しかったんですよー!」

和装に身を包むそいつは自ら、この美しい桜に取り憑く幽霊だと言った。

はっきり言おう。
がっかりである。

「冗談だろ?」

「いえいえ、本当ですよ? 大体100年くらい前に死にました」

証明するように桜の幹を透き通る腕は特撮やマジックのように何か種があるのだと信じたい。
だが、男が言っているのは事実なのだろう。

ふわふわと浮かび上がり空を泳ぐように、俺の身体の回りを優雅に泳ぐ。
人懐っこい表情を浮かべニコニコと笑うその顔は、全く幽霊には見えないのだけれど。

「……ないわー」

「えっ」

「いや、だって、桜の下に埋まってんでしょ?」

「ええ、何故か桜が好きだと勘違いされて「ここで眠らせてあげよう」とか勝手に話が進んでしまって、この桜の下に埋葬されてしまったんです」

勘違いという事は、それほど桜が好きではなかったという事か。
善意が完全に裏目に出てる。

「大体なんで死んだの?」

「良く家を抜け出してこの木の上で本を読んでいたんですが、急に飛んできた鳥にビックリしまして……」

「落ちた、とか?」

「はい、落ちちゃいました!」

これは酷い。
別にとことん悲劇やホラーをやってもらいたい訳では無いが、ここまで浪漫の欠片も無いとギャグである。

「冷めた、……帰るわ」

「えっ、えっ、何でですか?! 寂しいです、もうちょっと一緒に居て下さいよ」

幽霊が腕に絡み必死に引きとめようとするけれど、物理的に触れ合えない為か全く効果は無い。
ただ少しだけ腕が冷えてぞくぞくするのは、流石幽霊と言った所か。

「あの、お、お願いがあるんです!」

「お願い〜? 一緒に死ねとか死体を掘り返せとかだったらご免だぞ?!」

「こわっ! なんですか、その発想怖い」

お前が言うなと……。

「あのですね、実は……」

そこまで言うと幽霊は視線を逸らし、言いにくそうに言葉を濁した。
明るい雰囲気はなりを顰め、幽霊の顔が憂いを帯びた悲しげな表情に変わる。

その姿を良く見ればまだ10代の後半から20代の前半、やりたい事や欲しい物、将来の夢も合っただろう。
それなのに殆ど人が来ないここで100年以上ずっと存在しなければならなかった苦痛はどれぐらいか。

(酷い事言いすぎた、……かな)

ハラハラと舞う桜が幻想的な空気を作り出し、シンと静寂がその場を支配する。
ゆっくりと開かれた口から言葉が紡がれるのを俺は待った。


「実は僕……、花粉症なんです」


「……、あ゛?」

「しかも桜の花粉症なんです! この時期になると目は痒いし、鼻水なんて出ないはずなのにズビズビ出るし、寝る必要は無いけど夜も眠れないんです!」

「幽霊が夜寝るなよ!」

「元が人間だから夜が眠いんです!」

「じゃあどっか行けばいいじゃねぇか!」

「取り憑いちゃって普通には離れられないんです!」

見ててくださいと幽霊が鼻息荒く言い、桜の木の下から距離をとった。
刹那、青白い電気のような何かがゆらりと湧き上がり、バチンという耳障りな音を立てて幽霊の身体を打ちつける。

「ッ!!!」

痛みがあるのか幽霊は眉を顰め、少しだけ距離を取ってその場に座り込んだ。

「お、おい、大丈夫か?」

「自力じゃ出れないんです、自縛霊だから。長く、ここに居過ぎました……」

俯く幽霊は凄く寂しそうで、俺の言った言葉で傷付けてしまったのだろう。
もしかしたらこの結界のような物の所為で、成仏すら出来ないのかも知れない。

触れられないと判っていながら俺は幽霊の頭に手をやると、スカスカと掠めた感触に違和感を感じながら撫でたフリをした。

「俺に出来る事なら協力するからよ」

「えっ、じゃあ取り憑かせて下さい」

「どうしてそうなった?!」

「だって桜に憑いてるからここから出れないんですし、貴方に取り憑けば外に出れるかなって」

「い、嫌だ、それは嫌だ」

「さっき手伝ってくれるって言いましたよね?」

「前言を撤回する」

「却下で!」

「無理無理無理ッ! 俺の家、ペット禁止だから!」

「大丈夫です! 鳴きませんし、毛も出ません! と言うか他の人には視認出来ません、死人だけに」

「やかましいわ!」

叩こうとした手は頭をすり抜け、空を切る。
真面目に考えた俺が馬鹿ですか、そうですか。

「やってらんね……っ、え?」

動かそうとした身体はピクリとも動かず、足は地面に縫いつけられたかのように重い。
座り込んでいた幽霊がゆらりと立ちあがり、口元をニヤァと嫌らしくゆがめた。

「こうなったら手段を選んでいられないんです。花粉症、辛いんですよ?」

「知らんがな。俺花粉症じゃねーもん」

「取り憑かせてくれるまで動かしてあげませんから」

「こ…の、悪霊!」

「100年も成仏出来ない僕が良い霊な訳無いでしょう!」

「自信満々にいう事か!」


桜の下には死体が埋まっている。
それはそう、死してなおとても迷惑な男の死体が。


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