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◆短編
疼く熱、熟れた息4
収穫した野菜と釣った魚を台所に置くと、フラフラとした足取りの俺を鬼が居間まで支えて歩いてくれる。
背中に添えられた手の熱にすら、沸きあがる欲求を押さえるのがやっとだ。

「大丈夫か?」

「あ……、ああ」

優しい声音で問われ、つい肯定の返事をしてしまったが、実際はさっき達したばかりだと言うのに、俺の肉茎は緩く上を向き始めていた。

鬼が用意してくれた座布団の上に座り、ふーと深く息を吐く。
俺の正面に座り胡坐をかいた鬼の視線に、決まりの悪さを感じて目をそらした。
自慰を見られるのは、裸体を晒した時とは違う恥かしさがあって、鬼の顔が真正面から顔が見られない。

「今も身体がきついんだろう?」

「……、少し。でも放っておけばその内……」

「なんともならん。さっきも言ったが俺の所為なんだ」

眉根を寄せて自身を責める様に、鬼は唇を噛んだ。
険しい表情に声を掛け難く思いつつも、何か理由があるのなら知っておきたい。

「どういう事なのか説明してくれ、俺には何がなんだかさっぱりわからないんだ」

「はじめて肌を合わせた時の事を覚えているか?」

「ああ、覚えている」

確か一緒に風呂に入っていたら鬼が勃起していて、それを処理しているうちにいやらしい気持ちになってしまって……。

「その時に俺の精液がお前にかかっただろう? アレが原因なんだ」

「あれが?」

「こういうのはお前には気持ちのいい話ではないだろうが、鬼の中には人を攫って妻とするものも居る。強引に我がものとしようとするのに都合がいいよう、俺達鬼族の精液には催淫効果があるんだ」

なるほど、と合点がいく。
思い出してみればあの時も、急に身体の力が入らなくなり、凄くいやらしい気持ちになってしまった。

「身体に付着しただけだったから、しばらくして効果がなくなったんだと思ったんだが……、本当にすまない」

「あ、謝らないでくれ! あの時は俺が止めようとするお前を無理にしてしまったんだから」

気持ちよくなって欲しいと夢中になったのは俺で、鬼は何も悪くない。
言ってみれば彼が被害者で、俺は自業自得だ。

それなのに鬼はゆっくりと首を横に振り、手の色が変わるほどきつく手を握る。

「違う、違うんだ」

「違うって、……何が」

「俺は本当にお前の事を考えたら止める事も出来たはずなのに、心の何処かでこのままお前を手に入れる事が出来るんじゃないかと悪心を抱いてしまった。お前の善意を踏みにじって、俺の薄汚い欲望でお前を穢してしまった。お前は帰りたいと願っていた筈なのに……!」

鬼の頬を涙が伝う。
その大きすぎる罪悪感に、彼はずっと苛まれていたのだろうか?

だが俺もそれ所ではない。
だってそうだろう?
もし鬼が言ったのが本当なら、それって物凄く、想われていないか?

身体の体温がカッと上がり、頬が紅潮している事が否応なく感じられる。
嬉しくて指先が震えた。

鬼の頬に触れ、その顔をこちらに向ける。
潤んだ瞳が俺を捉え、赤く染まった目元が妙に艶っぽい。

「俺は、幸せ者だ」

「え?」

「俺の事を大事にしてくれるお前にこんなに想われて、幸せだ」

「な、ななな、何を」

わたわたと焦る鬼が腕を不規則に動かし、俺から距離が取ろうとする前に、俺は鬼の背に腕を回し抱きしめる。

「!!!」

「最後までしなかったのはその所為なのか?」

厚い胸板に耳を当てると早足で駆ける鼓動が聞こえ、動揺がこちらまで伝わってきた。

「う゛……、そう、だ。粘膜で吸収されれば感情が拒んでも、身体が求めて離れられなくなる。精神と肉体が上手くかみ合わなければ人は破綻してしまう」

「俺が帰れなくなるから?」

「……そうだ」

寂しそうに頷いた鬼に、お互い言葉が足りなかった事を知る。
俺はもう帰る事など忘れていて、鬼とずっと一緒に居るものだと思いこんでいたし、鬼は俺に帰りたいのか聞かなかった。

言葉にしなければ伝わらない事がある。

俺は腕を離し鬼の身体から少し距離を取ると、帯をシュルシュルと解き、緩まった服ごと床に落とした。
ポカンと口を開けて俺を見る鬼の表情が見る間に赤く染まり、服を掴んで慌て始める。

「な、何故脱ぐ! 俺はお前に悪心を抱いているんだぞ?!」

「好きだから」

「は……? …………はぁ?!」

驚く鬼の服を軽く引き、唇を合わせる。
自身を傷付けながらも鬼は俺に真実を教えてくれた、俺もちゃんと伝えたい。

「俺をお前のモノにしてくれ」

「なにを言っているのか判っているのか……」

鬼が信じられないような目で俺を見て、震える指で俺に触れる。
その手の平に信頼を預けるように、身体を擦り付け頷く。

「もう帰してなどやれんぞ?」

何かを堪えるような声。
鬼は優しい、こんな状況でも俺に逃げ道をくれる。

それでも俺の答えは決まっていた。

「俺の帰る場所はここだ」

刹那、言葉ごと鬼に唇を奪われる。
鬼の瞳に宿る欲情の色に、俺は不思議な充実感を感じていた。


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あきゅろす。
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