◆短編
心はバージン2
「……、あれ?」
何かおかしい。
視界が滲んで上手く前が見えない。
変だな、何でだろ。
鼻の奥がツンと痛くて、喋らなきゃと思うのに、声が出ないよ。
変、変だよ、おかしいって。
泣くような事、何も無いじゃん?
「何で泣くんですか」
「泣いてないし」
そうだよ、泣く訳ない。
だって俺、慣れてるもん。
ただしの事何かちょっと気になっただけだし、シフトだって他の奴より多く一緒になるようにしただけだし、飯食いに誘う為にダチの誘い断ったりしただけだもん。
一緒に居ると何か幸せだったり、誰かがただしの噂話してると気になったり、彼女居るのか気になって他のバイトに調査したり、好きな食べ物聞いて練習してみたり。
それだけ。
それだけなんだから。
馬鹿、大馬鹿。
好きなんじゃん、すげぇ好きじゃん。
軽い気持ちで誘ったら傷付かないって思ったのかよ。
無理だよ、だって凄い好きだもん。
嫌いって言われた訳じゃないのに、心臓止まりそう。
恥ずかしげもなく泣いてさ、ただしに迷惑かけてさ、何してんの、俺。
ほら、迷惑だから居なくならないと。
泣くなんて当て付けがましい事して、本当最低。
ごめん、ごめんなさい。
迷惑かけてごめん。
好きになってごめんなさい。
「……ごめん」
「待って下さい」
慌ててその場から離れようとする俺の腕を、ただしが掴む。
無理、これ以上酷い事言われたら死ぬ、心が死んじゃう。
「鼻水出てる」
ああもう、どうしようもねえ。
涙だけでも酷いのに、鼻水とかないわ。
ティッシュも無いし袖で拭おうとする俺を、ただしが止めてポケットをまさぐる。
本当真面目クン、携帯してんのかよ。
「ほら、かんで下さい」
ムギュと押し当てられたティッシュに鼻を塞がれて息苦しい。
つか目の前でやんの?
俺、今コイツに失恋したばっかりなんだけど。
神様って酷い。
自棄なってブーってすると、鼻の中がスッキリする。
気持ちもこの位スッキリしたらいいのに。
「何で泣いたんです?」
新しいティッシュで鼻を拭いながら聞く声は、さっきの冷たい声じゃなく、いつもの聞き慣れたただしの声。
「泣いてないもん」
もうちょっとまともな嘘つけよ、俺。
「子供みたいにボロボロ泣いた癖に」
「泣いてないの!」
馬鹿、馬鹿馬鹿!
これ以上責めたら逆ギレして好きだとか言っちゃうんだからな、俺は!
ただしが困るのなんか気にしない奴なんだからな!
「俺の事好きなの?」
「好きだよ!!!」
・
・・
・・・
あれ?
何かおかしい事言った?
「ぇ、あ、あれ? ちょいまち、え、えっ?!」
え、何で、嘘?!
何で言った?! 馬鹿か、俺は!
「や、やだ、無しっ! 無しで!」
「無しって事は先輩は、俺の事嫌いなんだ」
「ち、違っ!」
わかんない、わかんない!
何でこうなった?
今何が起きている?!
「じゃあ好きなの?」
グッと寄せられた顔は平凡よりちょっといい程度の、俺の好きなただしの顔。
だって、だって俺にだって何でかわかんないけど、好きなんだもん。
「す、好き……」
うわ、言った。
言っちまいやがった。
迷惑だって言われたばっかりなのに。
「……酷い事言ってすみません」
「へ?」
「先輩にからかわれてるんだと思ったんです。友達の都合が付かない時の暇つぶしじゃ嫌だったから」
「ただし……」
そっか、俺の言い方だとそう聞こえたのか。
つか、嫌われたわけじゃない、のか?
というか顔、近い、てか、え?
「ふぉ?! え、えぅ?!」
今、頬っぺた、唇、触れた?
え、妄想?
「顔、真っ赤ですね」
そう言って笑うただしの顔も赤い。
夢、じゃない? まじで?
キスだって、セックスだって、もっとアブノーマルな事だってしてきたのに、頬に触れるだけのキスで飛べそうなくらいドキドキしてる。
口から心臓出ても驚かない。
ただしの唇の触れた場所を撫でながら、俺は壁伝いにズルズルと座り込む。
立ってられない、身体の骨が無くなった感じ。
知らなかった、人間の骨はキスで溶ける。
「俺も先輩が好きです」
俺の心の処女膜を触れるだけのキスでやすやすと破ったこの男は、座り込んだ俺の唇に優しく、優しくキスをした。
きっとこれが俺の初恋。
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