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◆短編
抱き枕業の男
「チェンジで!」

目の下に色濃いクマを作った男は、俺の顔を見るなり悲鳴のような声で叫ぶ。
新規のお客さんだったし出来る限りの対応をしてあげたいとは思うものの、一番需要の多い月末の金曜日では変わりはいない。

「すみません、お客さん。今日は大変注文が多くて、変わりがいないんですよ」

「だって! このチラシには可愛い獣人の子が載ってるじゃないですか!」

「あー、彼ら人気ですからね…」

眼前に差し出されたわが社のチラシには確かに可愛らしい獣人の子が載っている。
犬、猫、兎、羊、ふわふわの毛並に目がクリンとしていて可愛い彼らは実際に在籍しているが、人気があるからこそチラシに載っている訳で混雑時に注文できるほど安くはない。

「月末の金曜日ですから皆さん疲れていて需要が多いんですよ、抱き枕は」


抱き枕業という仕事がある。


起源は金持ちの家で雇われた獣人が、モフモフの毛とプニプニの肉球で主人を癒した事と言われているが定かではない。
性的なサービスはなく、純粋に生きた心地良い抱き枕として添い寝するのが主な業務だ。

獣人の中では人気のある職業だが、優れた毛並を持っていたり、珍しい種族であったり、何らかの特徴を持っていないと就けない職でもある。
かくいう俺も熊の獣人だが、他の同種よりも毛並が良い事を理由に雇われている。

良い毛並を維持するために紫外線に気を付けたり、常日頃から食べ物に気を遣ったり中々苦労も多い。
それだけに中々良いお給料も貰っているが、毎月のケア代でかなり消えてしまうのが難点か。

熊の獣人は元々の毛質がゴワゴワのため、種族的にフワフワな奴らの毛質と比べてしまうと足元にも及ばないのだが、そこは包容力とかでカバーしている。
小柄で可愛い彼らと同じ土俵で争っても勝ち目はないが、俺には俺の需要があり、テディベア好きの顧客にリピータが多い。

「もしキャンセルなら、本日は抱き枕なしになりますけども〜」

「う、それは…」

うんうん、可愛い子が来ると思っていて期待が外れてガッカリな気持ちは良くわかる。
性的なサービスが無くても可愛い子の方が良いもんね。

「困る」

もう何日も寝ていないようなくたびれ具合の男は、本当に困ったような表情で俺を見た。
この仕事をしていると良く遭遇するけど、不眠症のお客さんかもしれない。

一人で眠っていると余計な事を考えてしまい眠れなくなってしまう人でも、俺達を抱き枕として眠ると鼓動の音や人よりも温かい温度でぐっすり眠れると評判だ。
実際に抱き枕と長期契約を結んで、不眠症の治療をしているなんて話も聞いたことがある。

「眠れない感じです?」

「ん…、まあ、仕事の事とかが気になって、寝てもすぐ起きてしまうというか」

良く見れば神経質そうな表情に、常に何かを気にしているのか人差し指で忙しなくこめかみを叩いている。
ストレスを内側にため込むタイプの典型だ。

「試してみるなら俺みたいなタイプの方がいいんじゃないですか?」

「え?」

「ほら、可愛い子が傍に居ると緊張して眠れなくなる可能性があるでしょ? その点俺なら」

「えっ、いや、貴方がめちゃくちゃタイプで辛いんですが」

おおっと?

「可愛いのはタイプじゃないんで。眉太めのガッシリ体系の包容力のあるタイプとかストライク過ぎる」

「そちらの方で?」

「そちらの方です」

なるほど出会いがしらのチェンジは、俺に対して性欲を抱いてしまうからこそのチェンジだった訳か。
時々ある事なので慣れてしまっていたけれど、嫌われてのチェンジじゃないのはちょっとだけ、いやかなり嬉しい。

(誠実な人だな)

この仕事をしていると【あわよくば】と性的接触をしてくる人は多い。

距離が近いからこそ誤魔化せる。
強引に迫ればやらせてくれる。
相手も同意していたと嘘を吐けば切り抜けられる。

そんな薄汚い人間も居る中で、彼のまっすぐさは眩しいぐらいだ。
まあ、俺のような腕っ節の強い男にちょっかいかけてくる奴は殆どいないのだが…。

「でも、お客さん」

「ひっ、わっ」

爪で傷つけないように、目元のクマを指先でなぞる。
肌で感じる彼の温度は獣人である自分より冷たいはずなのに、眠りにつく前のようにほんのりと温かい。

「俺の腕の中だったらいい夢見られるかもよ?」

「〜〜〜っ!」

耳元で低く囁いてみれば、一瞬で耳まで赤く染まってしまう。
抱き枕からお客さんへの性的接触もNGだけど、この位は大丈夫……だよね?

「やっぱり、やめときます?」

パクパクと開く口は言葉を発するでもなく、見開かれた目に映る俺は少し悪い顔をしている。
もう少し突けば落ちそうだなんて思いながらニッコリと笑った。

「……お願いします」

「はーい」

仕事に私事を挟むつもりはないけれど。


(俺も結構タイプだなー)


うーん、役得。

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