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◆短編
僕が地獄に落ちた理由2
「許す」

低く通る声が威厳を持って空気を震わせる。

「えっと、あの……。僕が言うのもなんですけど、許してしまうんですか?」

「許す。先ほどは怒りに任せて怒鳴りつけてすまなかった。魔力は強くともよく見ればまだ100歳にも満たない子供、能力が使いこなせない事もあろう。努力を否定しては才は伸びぬ、ゆえに許す」

「あの、いつも使いこなせないんですが」

魔法を使いこなせない上、あの破壊力を見せつけられた後では迂闊に魔法を使う事は出来ない。彼が守ってくれたから人的被害は出なかったものの、彼がいなければ今頃僕は殺人者だ。

「魔力の方向音痴か……、ならば私が導いてやろう。貴様、修復の魔法は使えるか」

「呪文は知っています、魔法陣もすぐに展開出来ます! ……でも成功した事がありません」

「修復の魔法なら被害が出る事はあるまい。火の魔法を使った時はどこへ向かって放った?」

「空……、西の方角へ」

「そうか、ならば西へ向かって魔法陣展開」

男の言葉に迷いはなく、先ほど自分の屋敷を壊した人間を疑う気持ちはなくなっているのか、ただ僕を導こうとしてくれている。それならば僕は彼の善意に答えたい。

「魔法陣展開」

ありったけの魔力を込めて魔法陣を展開すれば魔力で作られた細い糸が空を縫い、あっという間に2メートルほどの魔法陣が出来上がった。自分でいうのもなんだけど、最高傑作と言っていいほどに美しい魔法陣だ。

「私の魔力で印をつける、それを追って術式を放て」

彼が西を指差すと指差した方向へ魔力の粒が飛び、ピタリと空中で動きを止める。それは僕を導くように淡く光りを放っていた。

腕を引き、杖の先へと魔力を込める。
口が自然に呪文を紡ぎあげた。

「『修復』」

魔法陣の中心を杖で貫き、魔力を放つ。紫の魔力を纏った印を追いかけるように魔力を注ぎ続ければ、不意に何かの壁に当たり、そしてすり抜けて術式が展開する感触を指先で感じた。

大きな魔法の反動で全身の力が抜けた僕は、その場にへたりこんで肩で息をしていたが、それよりも気になるのは魔法の結果だ。修復の対象が見えない状況で魔法を使ったものだから、どうなったのかがわからない。

「成功、した?」

「そのようだ、見てみろ」

男は僕に先ほどの鏡を見せるとそこには壊れた屋敷の真上に展開された修復の魔法が、屋敷を元の形に戻している場面だった。
ふわりと浮きあがった石の欠片が元の場所へ戻っていき。亀裂の入っていた壁から傷痕が消えていく。壁を覆っていた蔦も焼け焦げて無残に張り付いていた姿から、青々とした生を取り戻していた。

「中々に良い仕事をする。壊れた個所の修復だけで満足だったのに、時間を巻き戻して修復しているとは末恐ろしい魔力よな」

「魔法、成功した」

思わず自分の手をジッと見つめる。まだ成功した実感は無いけれど、だけど確かに自分の壊した屋敷を直したのは自分だと確信出来る。

僕は魔法に成功した。

「多少不器用な所はあるようだが、貴様は素晴らしい魔法の使い手になるだろう。精進するがいい」

「あの」

「うむ?」

「僕を地獄へ連れて行って下さい!」

彼は少し驚いたような顔をしたが僕は本気だ。僕が魔法を使えるようになる可能性はここにしかない。

「連れていける訳がなかろうが、地獄だぞ?」

「連れて行ってくれないのなら、僕は西の空に向かって毎日練習をします。コツは掴みましたので、おそらく、いえ絶対成功させます」

「脅しか!」

恩人に対する脅し、最低だとは自分でも思う。だけど今彼に見捨てられれば自分の人生にこれからはなく、そして今までもすべて無駄になる。

「いままでずっと魔法が使えない事に悩んできたんです、嘆きながらも歯を食いしばって努力をしてきた! 魔法が使えるようになる糸口を手放すぐらいなら、死んで地獄に行って貴方に師事した方が希望がある!」

「死んだ時点で絶望しかない。……、と言ってもわからんだろうな、若さとは暴走する権利を持ち合わせている」

男は面倒くさそうに前髪を掻き上げると、まっすぐに彼を見据える僕の額をぴしゃりと叩いた。先ほどよりちょっと痛い叩き方だったけど、なんとなく親しみを感じて嬉しい。

「一年でモノにならなければ見捨てる、いいな?」

「は、はいッ!」

こちらへ向かって伸ばされた手に自分の手を重ねる。その手は先ほど僕を導いてくれた魔法のように、淡く光って見えた。

これから地獄へ行くと言うのに何の不安もない。
だって彼の手は僕を導いてくれる、そう確信できるのだから。

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あきゅろす。
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