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◆短編
僕が地獄に落ちた理由1
「はあ…、また失敗か」

握った杖でこめかみを軽く叩きながら、僕は深いため息を吐いた。

魔法使いが普通の国で生まれ、当然のように僕は魔法学校に入学したが成績は下の下。なにしろ魔法が発動しないのだからどうしようもない。

勉強は好きだし座学は学年首位で、魔法陣の描画も芸術的だと絶賛されている。身体に内包されている魔力量も同級生とは桁違いに高く、一万年に一人の逸材だと称されながらも魔法が発動しない。

先生達も僕の能力を引き出そうと尽力してくれたし、僕自身も努力を惜しまなかった、それなのに魔法は一つたりとも上手くいかず、唱えられた呪文がどこに行ってしまったのかすら不明だ。

「別の国で農業でもしようかな…」

二週間ほどかけて描いた魔法陣を杖で突きながら一人愚痴る。じんわりと視界が歪んで、頬を涙が伝った。

(くやしい)

どうしようもなく僕は魔法使いでありたくて、魔法を使いたくてたまらない。何度も諦めようとしたはずなのに、諦めきれなくて幾度となく『最後の挑戦』をしては繰り返す。

「もう一度、……もう一度だけ」

「もう一度…、だと?」

「え?」

独り言に突然割りこまれた事に驚きながら慌てて辺りを見渡すと、眉間に深い皺を作った男がこちらを睨みつけている。注意してみなくてもわかる明らかな不機嫌顔は、彼が怒っている事を如実に表していた。

「えっと、誰、ですか?」

「誰、だと? そんなのはこちらが聞きたいぐらいだ! 先ほど貴様が放った魔法で私の屋敷は壊滅的な被害を受けたのだぞ!」

「僕の、魔法?」

「覚えがないとは言わせん、巨大な火球の魔法だ! 隣の土地にあんな強大な魔法を打ち込んでおいて、言い訳や誤魔化しなど聞く気はない!」

確かに僕が唱えようとしたのは火の魔法だ。しかし今までまともに魔法を成功させた事が無かったため、成功した時に少しでも目立つよう多めの魔力を込めて放ったが、まさか巨大な火球になっているとは……。

「僕の魔法が成功したんですか?! 見たい!」

「貴様、死にたいようだな」

口元をヒクヒクと震わせた男は、その手の平に雷撃を生み出した。どうやら高位の魔法を使えるらしくその能力にも興味はあるが、それよりも今は自分の魔法の行方が気になってたまらない。

「見た後なら死んでもいいです! 隣の土地って何処になるんです?! この街の隣、それとも国が違うんですか?」

「……、なんだ貴様。先ほどから話が噛みあわん」

「今まで一度も成功した事が無かった魔法が成功したのを見てから死なせて下さい!」

「落ち着け」

男は手を振って魔法を消すと、僕の額を手の平でペチンと叩いた。かなり手加減してくれたようで衝撃はあるけど痛くはない。

「隣の土地とは裏側の事、知らないのに攻撃したのか?」

「裏側?」

「地の裏、端的に言ってしまえば地獄の事だ。お前達の住む土地の裏にもう一つ世界がある事など常識だろうが」

「いえ、今初めて知りましたけれど」

「む? そうか、こちら側から地獄へ干渉しないように秘匿されているのやもしれん」

ブツブツと何かを呟きながら男は思案している。地獄という言葉自体は知っているけれど、概念的なものであり実在しているとは思わなかった。だが先ほど彼が行使しようとした魔力の膨大さや威圧感を考えれば、異界に人より強い魔力の持ち主が存在するのも信じられる。

「そもそも僕は空へ向かって火の魔法を放ったはずなんですけど、僕の魔法は地獄へ行っていたんですか?」

「見てみるか?」

男はスイと手を水平に動かすと空間を二等分にし、その隙間から手のひら大の鏡を取り出した。小さく呪文を唱えた男は指を曲げて僕を呼んだ。

導かれるまま鏡を覗き込むと、鏡だと思ったソレには自分の顔は映っておらず、見知らぬ屋敷が映し出されていた。そしてしばらくその屋敷を眺めていると、空から巨大な火球が降り注ぎ、屋敷の外壁をあっという間に取り去っていく。

「これがお前の魔法の結果だ」

魔力が強いとは言われていたし、確かに多めの魔力を込めて魔法を放った。だけど、まさか、これほどの威力とは想像もしていなくて、今更ながら彼が『壊滅的な被害』と言った台詞の重みがわかる。

「これ、が……。あの、これって死者が出たりは」

「私がシールドを張って守ってやったから幸いにも死者は出なかったが、屋敷までは守りきれなかった」

「その、大変申し訳ございません」

あんなに大きな屋敷を建て直す費用など、自分の一生をかけたとしても払いきれる気がしない。謝っても許される事ではないのはわかっていたが、ただひたすらに謝る以外の方法が思いつかなかった。

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