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◆短編
酩酊アレグレット1
『酒は飲んでも、飲まれるな。』

良く聞くフレーズではあるものの、飲まれてしまうのが人の常であり、欲を制御出来ないのは弱さである。

誰もが強く居られる訳ではない世の中で、一時的とはいえ非日常を与えてくれる酒という至高の飲み物は、神から与えられた祝福と言っても過言ではない。飲酒による気分の高揚に身体が浮遊するような酩酊感は、日常の不満を一時的に忘れさせてくれる。

純粋に味も良い。

甘いに辛い、ほろ苦いに渋い。原料や産地、保存法によって変わる様々な味は飽きる事が無く、自分のコンディションによっても味の受け取り方は変わる。

酒の肴も多岐に渡る。

揚げ物のようなコッテリしたものには、弾けるようなエールの炭酸がたまらないし、定番のチーズとワインには外れが無い。時折思いがけない組み合わせと出会える面白さも魅力の一つだ。

コミュニケーションツールとしても最高だ。

素面では言えない事でも酒の力をちょっと借りれば、驚くぐらいに素直になれる。硬くなりがちな初対面の人だって、一緒に飲めば既に仲間だ。

とはいえ、酒の失敗も多い。

飲み過ぎてリバースした事だって一度や二度ではないし、寒いと思って起きてみたら、公園の芝生の上でヨダレを垂らしながら寝ていた事もある。暴力を振るうタイプの酒癖ではないものの、フレンドリーに絡む酒癖らしく、一緒に飲んでいた仲間に捨てて帰られる事もしばしばで、酔って拾ったらしい猫が自宅に三匹もいるのは問題だ。
いや、猫は可愛いのでそこまで問題ではない。

そう、問題は
『今』
『隣で』
『獣人男性』が
眠っている事である。

当然のようにお互い一糸まとわぬ姿だ。

「……やってしまった」

思い出せない、…という事も無く、何事もなかったという訳でも無い。ガッツリ、バッチリ、シッカリ、やってしまった自覚がありありで、今も下肢には倦怠感と甘い疼きが残っている。

生来女性好きだと思っていた自分が男性相手に勃ってしまった事にも驚きだが、相手が獣人だったというのに全く嫌悪感がないのにも驚いた。異種間での恋愛や結婚も増えてきた昨今ではあるものの、やはり同種との結びつきが強く、異種に対しては忌避感を抱く者も多く、自分もその類だと思っていたのだ。

だけど良くて、…凄く良くて、童貞卒業の時だってそれほどがっついていなかったと思う程に夢中で抱いた。酒でふにゃふにゃになってもおかしくない筈の性器は痛いほどに張りつめて、思い出すだけでまた反応しそうになっている。

再び熱くなりそうな身体を誤魔化すように髪を掻き上げながら、隣に眠る男性に視線を移す。どうやら疲れているようで、まだ起きる気配はない。

(この街じゃ見た事ないし、旅人とか冒険者かな?)

しなやかで上質な筋肉を纏う体つきの印象から一般人ではないだろう。この街近くのダンジョンを狙う冒険者だとすれば納得もいく。昨夜の記憶を掘りしてみれば、なるほど腹筋も綺麗に割れていた。

灰色の耳は犬型の獣人だろうか? 毛布に包まれている所為で現状では尻尾の確認はできないが、身じろぎにあわせて時折蠢いているのが感じられる。

昨夜の事も記憶もしているし、身体もしっかりと覚えている。だけど夢のようで現実感が無い。

「本当に、したんだよな?」

端正な顔立ちだとは思うけれど女性的だとは思えない、酔っていたとしても間違える事は無い。つまり疑いようもなく『男』と認識して彼を抱いたのだ。

「ん……、ぅ」

「あ」

うっすらと開かれた唇から零れた吐息は、先程までの寝息とは違い、睡眠から緩やかな起床を感じさせ、ゆっくりとまぶたが開いていく。まだ微睡の中にいるのか眠そうな目がパチ、パチとゆったり瞬きをした。

「お、はようございます」

「おはよぉ……」

呂律のまわらない口調で朝の挨拶をした彼は私の顔を捉えると、口元を緩めさせてフニャリと笑った。その表情はとても幸せそうで、男性にこの表現が正しいかは不明であるが、主観では非常に可愛い。

そして彼は何事もなかったかのように、モゾモゾと毛布へと潜り込んでいく。まだ眠いのだろう、もう一度眠り直す体勢だ。

が、次の一秒で覚醒した。

足で垂直に蹴り上げられた毛布は天井まで到達し、あっけにとられて向けた視線の先に彼はすでにいない。しなやかな筋肉をバネのように使ってベッドから飛び降りた彼は、キシとわずかな音を立てて軽やかに着地した。

「ひっ、…あ…ぅッ!」

思わず拍手をしたくなるような素晴らしい動きであったものの、彼にとって唯一の誤算は昨夜あらぬ所にあらぬモノ受け入れた弊害で、腹の中に残っていた液体が太腿まで垂れてきた事だろう。

意図せぬ排泄の感覚に身震いをさせた彼は、身を守るように服をかき寄せようとした。しかし悲しいかな、疑いようもなく事後なので全裸なのである。

「な、ッ! 〜〜〜?!」

一糸纏わぬ自分の姿に慌てふためく彼へ落下してきた毛布を掴んで渡すと、頭からスッポリ毛布を被ってしゃがみこむ。勢いよく毛布に潰された耳がペショリと垂れて、その顔は可哀想なぐらいに真っ赤だった。

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