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◆短編
人工知能の子供達3
「これは、……美しい」

完成した兄弟を前にアケロン様は感嘆のため息を吐いた。しかしそれも当然の事だろう、まだ起動前の眠った状態だというのに私の兄弟は生命活動を感じさせるほどの完成度を誇っている。

白い肌は血液が流れていないにも関わらずほんのりと赤みを帯びており、鼻梁の通った顔立ちは物語の王子様のよう。長い睫毛が目元を飾り、今は閉じている瞳の色は澄んだ青で海の美しさを凝縮したような綺麗さを持っている。

私のもう一つのボディと同型機なのだが、私の機体が柔和な印象を与えるのに対して、兄弟の機体は怜悧な印象を感じさせる。まるで対のように作られた私の『弟』。

「私の作り出す子供達が美しくない筈がないだろう」

あれほど作る事を嫌がっていた癖に出来上がった子供は誇らしいらしく、博士はこれ以上ないほどに胸を張った。そんな子供っぽい博士を指摘する事もせず、うんうんと頷いて聞いてあげる辺り、アケロン様は博士との付き合い方を本当によくわかって下さっている。

「では、最高傑作は?」

「もちろん、エースだ! これ以上美しい存在を作り出せる気がしない!」

「確かにエースの重厚感あふれる動きは美しいものだな」

……からかい方を熟知しているに訂正する必要があるみたいだ。博士と同時に私までからかって来るのだからたまらない。

笑みを浮かべていたアケロン様は、ふと表情を引き締めると兄弟に向きかえる。そして手袋をしている兄弟の手を取ると、自分の両手で大事なモノのように包み込んだ。

「だけどね、自分だけのロボットだと考えると、私はこの子を特別に愛おしく思うんだよ」

普段は軽い口調とは裏腹に、アケロン様の口から紡がれたのは誓いの言葉のように真摯で嘘が無い。まだ目覚めてもいない兄弟に対する愛情を感じ、私はAIに産まれていた心配が消えていくのを感じる。

実の所、少し不安だったのだ。
アケロン様は誰でも問題なく付き合えるお方で、だからこそ『特別』がない。

何に対しても執着がなく、誰でも間口を広く受け入れてしまう反面、問題が生じたらためらいなく切り捨ててしまえる非情さも持ち合わせていた。相手の浮気で離婚しているにも関わらず、今も友人として元奥様と付き合っていけている辺り筋金入りと言った所か。

だけどそんなアケロン様が『特別』と口にした。だからきっと、兄弟は大丈夫なのだろう。

(大事にして貰える)

私達に命はなく、人間の道具として生まれた。だけど感情を持っている。

必要とされたい。
大事にされたい。
愛されたい。

(あ……)

私は今まで不安になった事がない。常に博士が私を肯定してくれて、大事にしてくれて、愛してくれていた。

あまりにも大事にされ過ぎていて、恥ずかしくなったり悩んでしまう事もあるけれど、それも私が満たされていたからこそ。今まで私はなんという大きな愛で包まれていたのだろう。

(そうか、これが愛、か)

「それは凄く大事な事だ、アケロン。お前だけのロボット、お前が愛してやらなくて他の誰が愛せるものか」

「肝に銘じておくよ」

駄目な所がある人なのを知っている。
人付き合いが苦手で、片付けが下手くそで、面倒くさい事が大嫌いで、だけど私の創造主は偉大だ。

「エース? 黙ってしまってどうかした?」

「博士の素晴らしさについて考えていました」

「な、なんだ今更。そんなの当然だとも!」

当然だと言いながらも嬉しそうな博士の頬は紅潮しており、照れているのを隠そうと髪を乱暴掻きあげる。私は表情が表に出ない機体のロボットで良かった、きっと私に表情があったのなら、だらしのない緩んだ表情をしていただろう。

「それでは『オメガ』を起動させる」

「おや、もう名前がついているのかい?」

「もちろん」

博士の子供達はみな名前を最後の贈り物として与えられている。どれだけ距離がある場所にいても繋がりが持てるように、その名前にありったけの愛情をこめて。

「同型機は初期型の『アルファ』と最終型の『オメガ』だけしか作らない。だからその子は『オメガ』だ」

「ふぅん、『アルファ』ねぇ。どんな子だと思う、エース?」

「誰でしょうねぇ」

ワザとらしい言い回しで尋ねるアケロン様には『アルファ』が誰なのかなどお見通しなのだろう。

A(エース)=α(アルファ)

簡単な言葉遊びだ。

「次に来た時には会わせてくれたまえ」

「……博士が許可をくれたのなら。それよりも貴方のロボットが目を覚まします」

クックと笑うアケロン様に気付かないふりをして、兄弟の方へ向かうように促した。兄弟が一番最初に見るものが一番大事な者であって欲しい。

金糸の睫毛がフルリと揺れる。青い目が自身の顔を覗きこむアケロン様の輪郭を捉えて、整っているがゆえに冷たい印象を与えるオメガの表情が、ゆっくり、ゆっくりと綻んでいく。

「おはようございます、私のご主人様」

「おはよう、オメガ。私のロボット」

兄弟達が自分の所有者に会う時、それは私達との別れでもある。だけど私はそれを寂しいと感じた事はない。

だって兄弟達はいつもこの瞬間、幸せそうな顔をしている。

「博士。オメガはとても幸せそうです」

「……、認めたくないけど、凄く」

オメガとの別れが寂しいらしい博士の眼元には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうになっている。こうして私達の為に泣いてくれる博士だから、遠く離れた場所で生活していても兄弟達は時折戻って来てくれるのかもしれない。

「アケロンの事を殴り倒して引き留めたいけど、きっとオメガが悲しむんだろうなーッ!」

「やめて下さいね?」

私の創造主はどこかしまらない。だけどそんな博士を子供達は、……私は、愛しているのだろう。


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