◆短編
人工知能の子供達2
「……、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしい契約書ですね」
アケロン様が開示してくれた契約書に記されていたのは、内容に不明な点も無ければこちらを煙に巻くような誤魔化しも一切無く、可及的速やかに履行されるべき契約だった。そう、ごく普通の一般的な契約書。
しかし、だからこそ隙がない。
「そうだろうとも。そして君の博士はどこに出しても恥ずかしい有様だね」
「うるさい、ほっといてくれ」
かなり自棄になっているのかテーブルに着いている私達とは違い、博士は床でゴロゴロと転がっている。
掃除してあるので一定の清潔度を保っているものの、寝そべるほどには綺麗ではないので出来ればご遠慮願いたい。
以前子供がこんな風に駄々をこねると記録媒体を見た時は微笑ましく感じたものだが、大人が駄々をこねる姿はあまり可愛くなかった。
「契約書を読んで貰ったからわかると思うが、これを拒否した場合エースの所有権は強制的に私に移る。私自身、エースを物のように扱うのは抵抗があるがこの場合は致し方ない状況と考え心を鬼にしよう」
「把握しています」
「エースは絶対に渡さないからな!」
博士は勢いよく立ち上がり私を守るように後ろから抱き着くと、アケロン様から距離を取ろうと私の身体をぐいと引っ張った。が、重量級の私はピクリとも動かない。
博士が特別非力という訳ではないけれど、軽く見積もっても乗用車程度の重さがある私を動かすには無理がある。いや、車ならばタイヤがある分動きやすいのかもしれない。
「では、私のためにロボットを作り給えよ」
優雅に手を動かしながら促すアケロン様の正当な要求に、博士はグッと言葉を飲み込んだ。おそらく先ほど誤魔化そうとした事からも、博士は逃げられないことをきちんと理解しているのだろう。
「なぜ博士はアケロン様に兄弟を預ける事を嫌がるのですか? 性格に難があるのは承知していますが、アケロン様は私達を傷つけるような方ではないと記憶しています」
「うーん、軽やかに罵倒されている」
「性格に難のない人が博士と長く付き合えるとは思えません」
「ははは、違いない」
罵倒という言葉を使いつつもアケロン様に気にした様子はなく、むしろ私の語彙力が豊富になった事を喜んでいる節すらある。実におおらかで度量の大きい方だ。
その一方、博士と言えばお世辞にも付き合い易い性格とは言えない。
私達ロボットには愛情深く接してくれる反面、同じ種である人間に対しては壁を作って拒絶しがちだ。以前政府の職員が来た時もそうだったが、否定を前提とした対応をするので相手が委縮もしくは敵対してしまう。
そんな博士でも例外はあり、その数少ない例外がアケロン様だ。アケロン様のおおらかさにも助けられ、なんだかんだと文句を言いつつも基本的には受け入れているし、本気で邪険にはしていない。
それが友情なのか信頼なのかは私には判断出来ないけれど、プラスの感情である事は確かだろう。
「大事に、してくれるだろう事は、……悔しいけど理解している」
「では……」
「だけど自分の愛おしい子供をアケロンに引き渡すのには抵抗があるんだ! 自分と同年代の男に嫁に出すようなモノだろう?!」
博士の口から飛び出してきた主張は、部屋の中を一瞬支配して、ゆっくりと空気に溶けていく。後に残るのは静寂。
そして、
「何を馬鹿な事を言ってるんだ、お前は」
「なんて見当違いの事を言ってるんですか、貴方は」
同じ趣旨の呆れ声が重なった。
「もしかして快楽機能の事について言及したから勘違いしているのか? 私はロボットを美しいモノとして愛でる嗜好はあるが、性的な感情を抱いた事は無い」
「嘘だ! エースに散々可愛い可愛いって言っていたじゃないか」
「言ったとも、エースは可愛い!」
キッパリと断言するアケロン様に、意識が遠くなりかける。この趣旨の会話は何度となく聞いているものの、慣れる気配が全くない。
「まだ自我が生まれる前、それこそ組立前のパーツから見守ってきたんだから、歳の離れた弟のような存在だ。可愛くない筈がないだろう!」
アケロン様の言葉に感情が波立つ。
今まで博士の作った初めてのロボットとして、兄弟達の兄としてしか存在していなかった自分が弟とは。むず痒いような落ち着かないような不思議な感覚だ。
だけど不思議と悪い気分ではない。
「じゃあ時々エースを寄越すよう要求してきたのは!」
「外部から刺激を与えないと君達の関係には何の進展もなかっただろうさ。奪われるかもしれないと不安を煽り、関係を進展させてやろうと言う友情だよ」
「アケロン……」
博士はハッとした表情でアケロン様の顔を凝視する。そんな博士の様子にアケロン様は破顔して、ゆっくりと口を開いた。
「まあ拒まれたらエースを保護出来るし、受け入れられたら私のロボットを向かえられるし? どちらに転んでも私に損はないのが良いね」
「アケロンンん゛ンッ!」
博士の手がアケロン様の首に伸び、前後に揺さぶるのを私は止めなかった。ブンブンと揺さぶられながらもアケロン様の笑い声が響いたあたり首は締まっていないのだろうし、少しぐらいは締まっていた方が良いような気がしたからだ。
綺麗な友情で終わればよかったのに台無しである。
だが、実にアケロン様らしい。
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