◆短編
チョロメン
「あの時助けて頂いたメンダコです」
「いつ?!」
空中に浮かぶ謎の生き物は流暢な日本語で良くわからない事を言った。生物の進化は留まる所を知らないらしい。
出来る事なら俺にも進化の具合を知らせて欲しいモノだけれども。
「メンダコ、メンダコ。お、調べたら一杯出てきた。深海に住んでるタコ?」
「はい!」
最近は携帯でお気軽に検索出来て情報いっぱいで助かる。世の中は加速度的に便利になっていくし、メンダコは俺の部屋でお茶飲んでる。
「へー、生体は不明な所が多いって書いてあるし、実は喋るんだ」
「他の仲間は基本的には喋らないんですけど、私は勉強して来ました! あとは陸上でも活動できるよう呼吸法と空中移動も!」
「勉強でなんとかなるレベル?」
どの程度努力すれば喋ったり飛んだり出来るようになるのか知らないけれど、実際に目の前にいるのだから信じざるを得ない。テグスかなにかで浮いているふりをしているのかとメンダコの頭の上を手で切ってみたものの、空を切るばかりで糸などありはしなかった。
空を飛ぶ深海生物。不思議……、という言葉で片付けていいモノなのだろうか? 学会とかに報告した方がいいのかもしれないけど、伝手も興味もやる気もない。
「ん〜……、全く覚えがないんだけども、俺は一体いつ君を助けたのかな?」
「夏です」
「夏…?」
夏。バイトして、補習して、帰省して、友達と遊んで……、助けた記憶がまったく無い。
「覚えてはいませんか? 海沿いのコンクリートに打ち上げられた私を貴方が拾い上げ、海へ戻してくれたのです」
「拾い上げ」
こんな面白いモノを拾い上げたら記憶に残ると思うのだが、ちらりとも記憶に掠ら…、いや待て、掠った。
「えっ、もしかして、コンクリートにへばりついてた?」
あれがもし『そう』だとしたらギリギリ助けたという判定になるかもしれない程度の助け方。なにせ俺は謎の物体が熱せられたコンクリートに張り付いていたのを引っぺがして海に投げ込んだだけなのだ。
しかも持ち上げたまでは良かったが、触ってみたら意外とねっとりして気持ち悪かったから海に向かって投げたという酷いありさま。伝えたら恨まれるんじゃないだろうか。
「それです!」
「えー……」
なんというドラマ性も感動もない結末。素晴らしい恩を売れていたら空の飛び方でも教えて貰おうと思ったが、ちょっと無理。
「人間に興味を持ち少しでも近づこうとしたものの、波に攫われ動けなくなってしまった私を貴方は助けてくれたのです!」
「めっちゃ粗雑に海へ投げ込みましたけど」
「ええ! 深くまで投げてくれたお蔭で潜る力すらなかった私は生き延びられたんです!」
「メンダコくん、ポジティブだなー」
どうやら恨みには思っていないらしい、ラッキー。安心して飲むお茶は美味い、ペットボトルから湯呑に注いだだけだけど。
「命を助けて頂いたお礼をしたいのです」
「ははは、いやいや。そんなの貰えないって」
貰ったら罰が当たりそう。昔父方の爺ちゃんがタダより高いモノは無いぞって言ってた。でも爺ちゃんは良くホラふいてたな。
「なんと……、慎み深い」
なんか感動しているけれど、このメンダコちょろ過ぎて心配になってくる。騙されてツボとか買っちゃうんじゃない? あ、でもタコだからツボは活用出来るのか?
「ですがなんのお礼もせず帰る訳にはいきません。何か望んで頂けませんか?」
「んー」
日常的に『金が欲しい』とか『旅行行きたい』とか『焼肉食べたい』とか言っているものの、いざ何でもと提示されると難しい。簡単な事なら自分で何とか出来てしまうし、不思議な生き物に願いたいほど叶えて欲しい望みも持っていないのが実情だ。
「あ」
「はい!」
「じゃあ友達になろう」
「え?」
メンダコは真ん丸な目を一層丸くして全身をクニャリと曲げた。もしかして人間なら首を傾げている状況だろうか?
「いや、だってさこうやって知り合ったのも何かの縁だろ? 願いを叶えて『はい、サヨナラ』じゃつまんないじゃん」
「わ、私は嬉しいのですが、貴方はそれでいいのですか? 人の世界では手に入らない希少な物品も用意出来ますが…」
「片付けるの苦手だしガサツだから貴重な物は怖いわ。ガキの頃、母さんのネックレス絡ませたのを無理やり解こうとして引きちぎったし」
あの時は母さんに散々怒られるし、父さんには拳骨食らうしで、絶対ネックレスには触れないでおこうと思う事件だった。いまだに女性物のアクセサリーを見ると拒否反応あるもんん。
「なんと……、なんと奥ゆかしいッ!」
一方メンダコは何かに感動したのか、目をギュッと閉じて全身をプルプル震わせている。本当にちょろいメンダコ、略してちょろメン。
「ぜひ! ぜひ私とお友達になって下さい!」
「おー、そんなに堅苦しくしなくていいよ。ゆるく行こうぜ」
友好の意志を示す為に握手しようと手を出すが、メンダコの手ってどこだろう? あの耳っぽい所?
「!!! 知っています、握手ですね!」
「あ、うん。でも無理しないで」
「いえ!」
そういうとメンダコはふわりと浮きあがり、そして……。
「末永くよろしくお願い致します」
メンダコは俺の手をギュッと握る、その身体を男の俺でも震えがくるほどの美形に変形させて。
「ひ、え……っ?!」
心の底から嬉しそうに笑う美形メンダコにドキッとしてしまったのは内緒にしておこう。俺もちょろい、ちょろい男でチョロメンだ。
まったく進化はもうちょっと俺に情報よこすべきだと思う。
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