◆短編
蒐集家と歪んだ翼
友人から保護を依頼されたハーピーの悪戯が酷い。
毟り取ろうとでもしたのか中途半端に外れたカーテンに、バリケードのようにひっくり返ったソファ。空腹になった時食べられるようにと用意しておいたお菓子はあちらこちらに散らばっている。
「勘弁してくれ……」
荒れ果てた部屋を遠い目で眺めながら私は呟いた。
ハーピーというのは鳥の亜人だ。
腕の付け根から手首程まで翼が生えていて空を自由に飛べる種族なのだが、私が預かるこの子は生まれつき翼が未成熟で歪んでおり飛ぶことが出来ない。
自由に空を飛ぶことがハーピーという種族の本能の筈だが、それを封じられたストレスはどれ程か。
私には想像する事しか出来ないが、蒐集家である私の本能である蒐集を禁じられたと想像したならば、それはすなわち絶望である。
出来る限り不自由はしないようにと彼のために特別に誂えた部屋はいまや見る影もなくグチャグチャで、部屋の片隅にはこんもりと詰まれた毛布が塊になっている。火を怖がる性質なので、照明器具を巻き込まなかったのは幸いか。
「ピヴィ。出て来なさい」
毛布の塊に向かって呼びかければ、モソモソと毛布を掻き分けて顔を覗かせる。そして私の顔を認識すると表情を和らげてフワリと笑った。
「リストル、おはよ」
「……おはよう」
邪気のない笑顔は純粋そのもので、現在進行形で部屋を荒らしている張本人には思えない。下手をすれば怒ろうとしている私の方が悪者に見えるだろう。
「ピヴィ、この部屋の惨状は一体どうしたのかな?」
「さんじょう?」
ピヴィは不思議そうに首を傾ける。どうやら心の底から悪い事をしている気が無いようで、これも種族の違いによる感性の違いといった所だろうか?
「部屋は綺麗に使わなければならないんだ」
「部屋、綺麗、もこもこ、好き」
疎らに羽毛の生えた手でポンポンと毛布を叩き、ピヴィは嬉しそうに毛布に頬ずりをする。ハーピーであるピヴィに羽毛を使った寝具を用意するのは憚られたので高級なウールを使用した毛布を用意したのだが、どうやらいたく気に入ったようだ。
気に入ってくれたのは嬉しいけれど……、この状態はいただけない。使用している家具類がそれなりの物なのでそれほど酷く見えないが、家具のグレードが低ければ廃墟か籠城と見紛う状態だ。
「これは片づけるのが大変そうだ……」
ため息交じりに愚痴を零せば、ピヴィは慌てて巣を抑え込み、ブンブンと力強く首を振った。
「やだ、だめ」
「そうは言うけれど中にまでお菓子を持ち込んでいると虫が来るし、床に毛布を敷くのも衛生的に良くないよ?」
なんとか説得しようとするものの、ピヴィは頑なに首を振る。その表情は自分の大事なモノを奪われないようにしようとする子供のようだ。
「……、ピヴィの巣だもん」
「巣?」
巣。
・
・・
・・・
「え、ハーピーって営巣する、のか?」
衝撃が脳天を貫く。自分でもビックリするくらいショックだ。
種族が違うのは重々承知していたし、ピヴィの面倒を見ると決めた時に様々な文献を読み漁って世話の仕方を勉強した。それなのに顔立ちが人間に近いせいもあって、いつの間にか自分と変わらないと錯覚してしまっていたのだ。
「リストル」
ショックを引き摺り茫然とする私の腕をピヴィが引く。華奢な外見からは想像出来ないほど強い力は、彼が別種であることを改めて突きつける。
そんな私の心情を知ってか知らずか、ピヴィは笑いながら毛布をポスポス叩いた。
「リストルもココ」
「え」
「リストル、巣、作れない。だから、ピヴィと一緒」
ピヴィが示すのは巣と称された毛布の塊だ。ひっくり返ったソファーで守られて、お菓子の蓄えがある秘密基地のようなピヴィの巣。
腕を引かれるままにピヴィの隣に座ると、傾いたカーテンの隙間から日が差し込み幻想的に部屋を照らす。
「外せなかったカーテンは何にしようと思っていたの?」
「白くて、綺麗だから、飾り」
きちんと飾り付けもするのか。美的センスは人と近い、……のだろか?
「リストルも好き?」
「ん?」
「この巣」
どう見ても不恰好で単なる毛布の塊にしか見えない。
床に直に敷いているから衛生的にも良くない。
お菓子を持ち込んでいるからすぐにでも撤去して掃除しなければいけない。
良い所なんてほとんどないし、初めは悪戯だと思ったくらいだ。
……なのに。
「……、嫌いじゃない、かな」
この巣は不思議と居心地がいい。
私の答えに満足したのかピヴィは嬉しそうに笑い、クルクルと機嫌良さ気に喉を鳴らす。もうしばらくしたら片づけなければいけないけれど、もう少しだけ先延ばししておこう。
こんな日も悪くない。
後日、ハーピーの営巣は求愛行動だと知って頭を抱えるのはまた別の話。
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