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◆短編
その男、金貸し2
男は目を覚ました俺を追い出す事もせず、むしろ起き上がろうとするのを慌てて制止するほど甲斐甲斐しい。
控えめだけれど話すのは好きらしく、ポツリポツリと自分の事を語った。

死んだ両親の代わりに祖父がつけてくれたイザークという名前。
住んでいるこの場所は俺が倒れていた路地裏から抜けた一軒屋で、今は一人で暮らしている事。

趣味の良い家具は自分で作っているらしく、細かく模様を彫る所などを見せてくれる。
俺は芸術を見るのは好きだがセンスが無いので、こうして作り出せる者は素直に凄いと感じられた。

「器用なんだな」

「そんな……、でも根気だけはあるんですよ」

お世辞では無く本心からそう言うと、イザークは照れくさそうに頬を赤らめ、穏やかに笑う。
はにかむという表現が合うだろうか?

自分の周りではこんな風に柔らかく、そして無防備に笑う奴は居ない。
笑顔の裏に毒を染みこませ油断したら喉笛を噛み千切られそうな人付き合いばかりしてきた俺にとって、イザークのような人間はとても新鮮だ。

しかしそれは同時にイザークが自分とは違う場所に立つ存在なのを浮き彫りにした。

「ソルさんは……」

「ソルでいい」

「えっ。あ、……そ、ソル、は……」

俺の名前を呼び捨てにするだけで口調はしどろもどろになり、恥かしそうに指をモダモダと動かすイザークの顔は真っ赤だ。
名前を呼ぶなんて単純な行為の何が恥ずかしいのか、俺にはまったくわからないが、照れながらもイザークは何故か嬉しそうに見える。

(早く出て行かないと俺が生きてると気付いた連中の襲撃に巻き込みかねないな)

仕事柄か人の死には慣れている。
今更自分の所為で死んだ人数が1人2人増えたって心はちくりとも痛まない。
たとえ1人暮らしのイザークが死んだとしても発覚はかなり遅れて俺は捜査線上にすら上らないだろう。

だが彼が俺の正体に気付いておらず、俺の身柄を奴らに引き渡さなければ死ぬ必要性も感じない。
無駄な殺生は嫌いだ。

(将来何かのきっかけで俺から金を借りるかもしれないしな)

どこにビジネスチャンスが落ちているかは判らない。
だからこそすべての可能性を俺は捨てないで大事に拾い集めていく。

(しかし生き延びたと思ったら仕事の事を考えて、俺は他に何も無いんだな……)

それを寂しいとは思わない。
とても、凄く、自分らしいと思う。

「ソル。もしかして僕、うるさかったですか?」

「あ?」

「1人で暮らしはじめてからこうして人と話す機会が少なくて、つい楽しくて話しすぎてしまいました。ソルはまだ具合が悪いんだから無理をさせちゃ悪いですね」

頭を軽く掻きながら申し訳なさそうな顔をしたイザークは、俺に休む事を進めるように腹辺りでわだかまっていた毛布を胸元まで引き上げる。
死に掛けた所為かまだあまり動けず出来る事が少ない。
ベッドの上でゴロゴロしてばかりで疲れの無い身体では、まったく眠れる気がせずイザークの手を軽く払って睡眠を拒否した。

「別に構わない。というか邪魔者の俺にそんな気を使わなくていい」

「邪魔、ですか?」

イザークは目をパチパチと瞬かせると不思議そうに小首をかしげる。
まったくどこまで善人なのか。

「あんな所で死に掛けてる奴なんて碌な者じゃないのはわかるだろ」

「……なにか事情があるんだろうなっていうのはわかりました。でも……」

「でも?」

「死に掛けているのに幸せそうで何故か目が離せなかったんです。凄く、綺麗だなって」

確かにあの瞬間、とてもよく眠れそうで幸せだと思った。
普段は忙しさにかまけて眠る事すら忘れてしまう俺だが、もしかしたら寝るのが好きなのだろうか?

趣味、寝ること?

うん、無いな。
……無いよな?

「ソルの事情は僕にはわからないけど、もし誰かがソルを傷付けようとするなら僕が守ります」

「は?」

「僕、意外と強いんですよ?」

胸元で拳をグッと握り締めて眉をキッと吊り上げたイザークがファイティングポーズを取る。
だが身体が貧弱な為まったく強そうには見えない。
むしろ弱そうだ。

「……死なない程度にな」

「信じてないですね?!」

心外だ、と文句を言うイザークの声は耳に心地いい。

今までの自分に後悔がある訳では無いが、こうしてイザークと話していると自分の中の黒い部分が少しだけ綺麗になる気がする。
おそらくそれは黒に隠れて染みこんだ血の赤が少し流れた程度で、俺の本質は間違いなく黒なのだろうけれど。

俺を黒と例えるならイザークは白。
洗いたてのシーツのように眩しいの白をいつもの俺なら汚してしまいたいと思うのだろうが、今回は不思議と乱暴な考えは浮かばなかった。

優しく触れる指
心地よい声
穏やかな時間

いつもの自分とかけ離れた状況は、まるで夢のようだ。
もしかしたら死に掛けた俺が見ている都合のいい夢なのかもしれない。

だとしたら、この夢を作り出した俺の脳みそは中々いい仕事をしている。

「イザーク、肉が食いたい」

拾ってもらった身で贅沢を言う。
血が流れた分を補給したいのもあるが、最近時間がかからない栄養補助食品ばかり食べていたので、歯ごたえのある肉が食べたい。

十代のガキみたいにガッツリ肉を口に頬張って、頬を丸く膨らませながらガツガツと咀嚼したい気分だ。
生じゃなければ肉の種類も焼き加減も気にしない。

「いいですよ、じゃあ夕飯はお肉にしましょう。食欲はあるみたいで安心しました」

微笑んだイザークは慈愛に満ちていて、やっぱり今が夢に思えた。

仮に現実だとしてもそう長くは続かない、夢のような時間。
早く動けるようになって、ここを離れよう。

綺麗な夢を壊さないように。

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あきゅろす。
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