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◆短編
その男、金貸し1
「……しくじった」

自分の迂闊さに堪えきれず、小さな物音1つが命取りだというのに思わず呟く。
不潔で薄汚い路地裏に小さな呟きはやけに大きく響き、こんな所で死にたくねぇなとぼんやり思う。

今の所致命傷と言えるような傷は無いが、身体全体に細かい傷が走り、多量の血が流れた所為か視界がくわんくわんと揺れた。

口先三寸で相手を騙し、金を巻き上げるのが俺のお仕事。
ああ、勘違いしちゃいけない。

俺はちゃんとした契約の元で金を貸して、クリーンな契約の元で金を回収するだけだ。ただ少ぅしばかり利子が法外なのは否定しない。

普段なら外出する時は周囲をボディーガードで固めて付け入る隙を与えないようにしている俺が、今日に限って死に掛けているのはボディーガードが裏切った、ただそれだけの理由。
ボディーガードの身辺は雇用前に丹念に洗ってあったから、きっと今回の件は恨みつらみではなく俺の持つ莫大な財産に目が眩んだのだろう。

重用してやったのに馬鹿共が。
無事に帰れたら考えうる内で1番惨たらしい方法で殺処分にしてやる。

仮に俺を殺せたとしても自分の懐に入ってくる金は一銭も無いと知ったらあいつ等はどんな顔をするだろうか?
きっと慌てて俺の部屋や金庫を漁って金目のモノを強奪しようとするが、換金性の高い物は何も無い事に発狂するだろう。

その様子を思い浮かべて俺はニマリと笑う。
が、切れた口元がツキンと痛み、その痛みで身体を跳ねさせながら眉を顰めた。

痛いという事はまだ生きているという事、だけど次第に視界はぼやけてきた。
傷口はズキズキと疼き熱く感じるのに血が抜けた所為か震える程に寒い。

徐々に朦朧としていく感覚は極度の眠気でカクンカクンと船を漕いでいる時に似ていて、そのふわふわと心地良いようなフラフラと不安定なような感覚に身を任せてしまいたくなる。

「クソ、……眠い」

実際は気絶、もしくは失血で死にかけているのだろうがこの際それはどうでもいい。
身体の力を抜いてわずらわしい事は何も考えず目を閉じてしまいたい。

(……そういえば熟睡なんてここ10年記憶に無いな)

過敏過ぎる程に物音に反応し、常に周囲に対して警戒を解けなかった俺がようやくぐっすりと眠れるのかもしれない。
寝たらもう、起きないのだろうけれど……。

(ああ、でも縋りつきたい程大事なものもない)

こんな性格だから親兄弟からは縁を切られたし、今は特定のパートナーも居ない。
収拾癖もないし趣味が金稼ぎ、つまり仕事だ。

勿論金は好きだけど死んだ後まで金に執着しようとは思わない。

(ま、いっか……)

自分でも驚くほど、この世に未練が無かった。
未練が無いのなら生きていても死んでいてもどちらでもいいだろう。

どうしても必要な事以外で頑張るのは嫌いだ、俺は眠りたい。

(やっと、ぐっすり、……寝れ、る)

重力に引かれて倒れた身体が路地裏の汚らしいコンクリートにぶつかる寸前で、身体が何か柔らかい物にぶつかった。
目を開けて確認するのも面倒だ、きっとそこらへんに放置されたゴミ袋だろう。

死ぬ時は生きたまま海の中か土の中だと思っていた俺のような外道が死ぬ場所にしたら上等すぎる。
こんな気持ちで死ねるなら、俺の人生も捨てたモンじゃない。




額にヒヤリとした感触を感じ、俺はうっすらと目を開いた。
額に乗っていたタオルを支えながら身体を起こし、周囲を軽く見渡すがこの景色に全く見覚えがない。

部屋の至る所に華美では無いがセンスの良いインテリアが置かれ、穏やかで暖かな空気の流れる部屋の中はこじんまりとしているのに不思議と狭さは感じなかった。

ぼんやりと部屋の中を眺めていると、キィと扉が軋んだ音を立てて開く。
どんな奴がくるか判らないと指先に力を込めて警戒しつつ、強い奴だったら適わないだろう事もわかっていた。

そもそも俺が強ければボディーガードなんて要らないし、今回の件のように間抜けな事にはならなかったはずである。

静かに扉を閉めて部屋の中に入ってきたのはひょろりと身体は細いのにスラッと身長の高い男で、その腕には額に乗っているタオルを冷やす為の洗面器を持っていた。

「あ、目が覚めましたか? あまり動かないで下さいね、大分血が流れてしまって死に掛けていたんですよ」

俺に顔を向けた男は人懐っこそうな顔をふわりと破顔させる。
どうやら今の所こちらに対して敵意は無いようだが、まだ油断は出来ない。何せ俺は敵が多い。

「……生きてる、んだよな?」

「え? ええ、生きてますよ。本当に危険な所まで行ったんです、まだ眠っていてください」

男はサイドテーブルに洗面器を置くと、軽く触れるだけの強さで俺の肩を押した。

「い゛ッ!」

優しいはずの手の動きに身体はキシリと痛む。
肩を押した男に落ち度は無く弱い力にすら耐えられない程、身体が傷ついている事を理解させた。

「ご、ごめんなさい!」

男は情けないぐらいにアワアワと慌てて、何とか状況を打開しようとしたのだろう。
俺の身体をグッとベッドに押し付けた。



・・
・・・


悲鳴なんざあげたのはガキの頃以来だ、クソ。

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